イヴァン√エンド後。ある日のCR:5のミナ=サンの様子。

お前の席はここ!

2,930文字 / 約4分
   文字サイズ:

GDとの抗争以来、俺たち幹部は少なくても週に三回、多い時には五回ほど、新しく建造された本部のサロンに集まって、コーヒーやドルチェなんかを楽しみながら、互いのシノギに関する連絡事項やシマの近況報告、それぞれの伝手で入手した情報の交換なんかをするようになった。否、脱獄前は平の構成員でしかなかった俺が知らないだけで、もともとそういう慣例があったという可能性も否定はしきれないが、五人まとめて刑務所に入れられていたあの当時の幹部連中のよそよそしさを思えば、確率的にはかなり低いと思う。
抗争の爪痕は俺たちの組織にもデイバン市街にも未だ深く残されたままだけど、あれを乗り越えたことで強まった俺たち幹部の結束はかけがえのないものだと言ってもいいだろう。もちろん、だからといってGDのポルカ・プッターナどもに感謝する気持ちは欠片も湧いてこないが、失った物ばかりではないというのは喜ばしいことだ。
何かが吹っ切れたらしいベルナルドは、筆頭幹部として俺たちを率いていくのに申し分のない重みを増した。互いの出自にこだわって何かといえば角突き合わせていたルキーノとイヴァンも、それなりに相手の実力を認め合うようになって、以前ほど険悪な仲ではなくなった。そして、ジュリオは。

ジュリオは、なぁ

正直、俺にとってジュリオは未だによく分からない男だ。由緒正しき出自のジュリオからしてみれば、純イタリア系とは言っても中流の出で孤児院育ちの俺なんか野良犬みたいなものだろうに実際、ジュリオの祖父のボンドーネのジジイは俺を人間とも思ってないような目つきで見てきやがる何故か奴は初対面の時からずっと俺に敬意を払って接してくれている。最初は俺が次期カポ候補だからなのかとも思っていたが、イヴァンを暴走させた責任を取ってその資格を凍結されてしまった後でも、ジュリオの態度は変わらなかった。今の俺はジュリオと同じ否、ジュリオよりも位が下の幹部だというのに、ジュリオは相変わらず俺を「ジャンさん」と呼び、他の幹部連中の言葉は聞き流しても俺の意見には耳を傾けてくれる。

(ま、悪い気はしねーけど)

じっと俺の動向を窺っているジュリオの気配を感じるたび、飼い主の命令を待つ猟犬のようだと思う。警戒心が強くて誰にも懐かなかった野良犬が自分にだけ心を開いてくれたみたいな感じで、愛しいような気分にもなる。

ほら、今だって)

俺がサロンに足を踏み入れた時、既に他の幹部たちはその場に顔を揃えていた。二人がけのソファに一人で座っていたジュリオは俺の顔を見ると、一瞬腰を上げかけてすぐにソファに座り直す。最初の頃は俺が姿を見せるなり隣にやってきて、腰を下ろすまでエスコートしようとしていたのだが、俺は女ではないので丁重にお断りさせていただいた。そうすると次には直立して俺を出迎えるようになったのだが、自分より幹部位の高い相手にそうされるのはどうにも居心地が悪い。そもそも俺はそういう扱いに慣れていないというかはっきり言ってしまえば苦手なのでやめてほしい、と正直に伝えると納得してくれた。だが、どうしても反射的に身体が動いてしまうらしく、それをごまかすようにもぞもぞと座り直している時のジュリオは、飼い主の前で粗相をしてしまった犬のような表情を見せる。それが妙に可愛く思えてしまう俺は、ちょっとおかしいのかもしれない。
俺自身、イタリアーノの平均から見れば決して小柄だとは言われないはずだが、ジュリオはその俺より4インチ以上も背が高いし、鍛えているだけあってウェイトもそこそこある。ルキーノほどではないがそれでも充分すぎるほどにでかい男だ。顔だけは夢の王子様のように綺麗に整っているが女と見間違うようなものではないし、現役のマフィアの戦闘員で、その戦闘力は組でも随一、銃弾さえも避けることができるという冗談のような強さを誇っている。

(そんな男を捕まえて、可愛い、はないだろう、俺

そう、理性では分かっているのだが、ソファの上でそのでかい図体を縮めるようにして立ち上がりかけたことを咎められるとでも思っているのかもしれない俺を見上げるジュリオの頭の上に、伏せられた耳が存在していないことがいっそ不思議に思えてしまう。それほどに、このマッドドッグは俺の前では可愛い犬ッコロだ。上目遣いに俺の表情を窺うジュリオの、長い前髪の下で濃紫の瞳が不安そうに揺れる。

(な、撫でてぇッ

その頭をがしがしと撫でて、大丈夫だ怒ってないぞ、と言ってやりたくてジュリオの座るソファの方へと足を向けかけた俺の手首が、いきなり横から伸びてきた手に掴まれた。ぐん、と強く引っ張られて傾いた身体が、そこにあった三人がけのソファの上に転がり込む勢いで着地する。犯人は先にそこに座っていた人物イヴァンの馬鹿だった。

「何し
「どこに行くつもりだ、テメエの席はここだろうが」

何しやがる、危ねえじゃねぇかそう怒鳴りつけるはずが、それよりも先にイヴァンの低い声に遮られてしまう。危ない目に遭わされたのは俺の方だというのに、何故か俺よりも機嫌が悪そうなその声にうっかり言葉を呑み込んでしまった。こういうのはタイミングを逸してしまうと取り返すのが難しい。俺はイヴァンに文句を言うのを諦めて、代わりに小さく舌を鳴らした。

「チッ
「なんだよ、その不満そうな舌打ちはよ!」
「イヴァン今のはおまえの行動に問題があったと思うんだが」
「そうだ、おまえが悪い。ジャンさんに失礼な真似をするな」
「あぁ!?」

俺の口の中で小さく響いた破裂音に単純馬鹿が即座に反応して喚き出すのへ、ベルナルドが疲れたように言い諭し、続けてジュリオが不愉快そうに吐き捨てる。イヴァンを睨みつけるジュリオの目には殺意に似たものが含まれていて、それに反応したイヴァンがいっそう苛立たしげな声を上げ、ベルナルドの表情にはますます疲労の色が濃くなっていく。

(ごめんね、ダーリン。あとでワカメの味噌スープを差し入れするワ

内心でベルナルドに詫びながら奴の前髪へそっと労わりの視線を送る俺の耳に、イヴァンの怒鳴り声が飛び込んでくる。

「こいつの席は、俺の隣って決まってんだよ!」
ガキか、おまえは
ッ、だ、誰がガキだ!!」
「おまえだよ、おまえ」
「ンだとコラぁぁア!?」

とうとうルキーノまで巻き込んで大きくなった騒ぎに、俺は小さくため息を零した。そんな俺の目の前に、湯気の立つコーヒーカップがスッと差し出される。視線を上げるとジュリオのはにかんだ微笑みに遭遇した。それに向けて俺は「グラーチェ」と笑い返すとソーサーの上のカップの持ち手を掴んで口許へ運んだ。ミルクも砂糖もきっちりと俺好みの分量で入れられている理由は、あえて考えるまでもない。俺の感想を窺うようにじっと見つめてくるジュリオの視線に晒されながら、まだ何事かを喚いているイヴァンの声をBGMに、俺はもう一度、今度は深い深いため息をつく。

もう、愛されすぎちゃって、たーいへん)

でも、嫉妬しているイヴァンはジュリオより更に可愛いよなぁ、なんて思っている俺自身が、実は一番問題なのかもしれない。