恋人にはならず、肉体関係だけ維持している殺伐バクジャン。デイバンから生還してひよこたちもいて、CR:5とは一時的な休戦協定を結びますみたいな世界線。

ラヴァーズになり損ねたバクジャン

3,235文字 / 約4分
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リリーの用意してくれた夕食をひよこたちと食べ、食後のコーヒーを啜りながら本日の成果についての報告を受けたあと。それぞれの塒に戻っていく彼らの背中を見送ったジャンはカサブランカの自室に引き上げ、ソファに腰を下ろしてようやく一息ついた。
屋台骨にガタが来ている、どころか母屋が焼け落ちて素寒貧になってしまったGD。いつ崩壊してもおかしくないような崖っぷちに立たされている組織をボスとして名目上のボスは変わらずイーサンだが、実際に采配を振るっているのはジャンである、という事実に異論を唱える者は当のイーサンを含めても存在しない引っ張っていく日々は、充実してもいるが精神的な疲労が激しい。
そんなジャンを支えるのが、数が少ない代わりに申し分のない能力を備えた可愛い部下たちで。ジャンにとって彼らは、信頼を置いてはいるものの、寄りかかって甘えられるような対等な相手では決してない。そのせいで彼らに囲まれている時でさえジャンは常に気を張っていて、一人きりになると張り詰めていた糸が一気に切れたような心地になってしまう。

もう、寝るかな

やるべきこともやりたいことも何ひとつない。まだ寝るには早い時間だがもうベッドに入ってしまおうか、と。ため息と共にそんな言葉を吐き出したジャンの耳に、ドアの向こうから響き渡るような騒がしい物音が届いた。それが誰のものなのかを瞬時に悟ったジャンの口からは小さな舌打ちが零れる。

「チッ

(帰ってきやがったのか、めんどくせぇ

恐らくはこのあと自分の許へとやってくるだろう男の姿を思い浮かべたジャンは、自室の出入口へチラリと視線を投げやった。このまま鍵をかけて寝たふりをしてしまおうか、という誘惑が一瞬だけ脳裡に浮かび、そしてすぐに消える。
そんな小細工を弄したところで、空気を読まない男はジャンが起きてドアを開けるまで扉の前で騒ぎ立てるか、あるいは二階の自室から回り道をしてくるに違いなかった。どちらの手段を取るにせよ、男がこの部屋にやってくること自体は避けようがないというのが現実だ。

「ほんっとうに、めんどくせぇ

肺の奥底から大きく息を吐き出したジャンは、自室の鍵をかけるために立ち上がることを諦め、代わりに取り出した煙草を咥えると火を点けた。鼻をくすぐるリンの香りに目を細めながら深く息を吸い込むのとほぼ同時に、部屋の扉が開け放たれる。

「おーぅ、今帰ったぜェー」
「ノックぐらいしろよ、テメェは」
「カテぇこと言うなよぅ。鍵が開いてりゃ入ってオッケーってことだべ?」

バクシーの軽口に敢えて応えることはせず、唇から煙草を離したジャンはフー、と勢いよく煙を吐き出した。

で? 会談はどうだったよ」
「大して実のある話はねぇな。一年間はお互いのシノギがカチ合わないようにして、偶然顔を遭わせても殺し合ったりしないようにしましょうね。って例の内容を改めて確認しただけだワ。親父どもの怪獣大戦争も勃発しなかったべ」
「そうか。親父の付き添い、ご苦労だったな」

つまらなそうに鼻を鳴らして言うバクシーの言葉の内容を適当に聞き流し、おざなりな労いの言葉を口にしたジャンは再び煙草を咥えると、深く息を吸い込む。ジジ、という音を立てて赤く燃える煙草の穂先が白い灰へと変化していく様をぼんやりと見つめるジャンに、バクシーが芝居じみた様子で両腕を広げてみせた。

「そんなことよりよぅ、聞いてくれよ。マカロニヤクザにモヤシみてぇな眼鏡ナード野郎がいるべ?」
ベルナルドが、どうかしたか」
「あいつ、会合が終わった後に俺に声かけてきてよぅ、『ジャンを解放して返してくれ』って言ってきやがったべ。まるで俺がオメェを監禁して無理やりGDに縛りつけてるみてぇな言い種だったぜェ」

バクシーの言葉を聞いているのかいないのか、ジャンは無言で虚空を見つめたまま、再び煙を吐き出す。そんなジャンの態度を気に留めた様子もなく、バクシーはソファに座るジャンの左隣に空いていたスペースへと勢いよく腰を下ろすと、長い右腕を伸ばしてジャンの肩を抱き寄せた。

「ほんっとオメーの昔の男どもは未練がましくっていけねぇよナァ。オメーの口からもハッキリ言ってやってくれよ。『マカロニのフニャチンより、ショットガン・バクシーのデカマラの方がヨくなっちゃったの、ごめんね』ってよぅ」

自分の胸元へとぶつかるように近づいてきたジャンの顔、その耳元に口を寄せてねっとりと囁く。

「オメー、CR:5にいた頃はあのナード野郎とは随分イイ仲だったみてぇじゃんよぅ。実際のとこ、どうだったンだよ? ん?」

煙草の火が触れそうな距離にまで近づけられたバクシーの顔に向けて、ジャンはフーッと煙を吐き出した。至近距離から浴びせられたそれに不快そうな表情をするバクシーを冷たい視線で見遣って。

「くだらねェ。テメーの頭ン中はソレばっかかよ」
「えー、冷てぇなぁ。ハニーの昔の男が気になるっつー俺の純情な男心をもっと汲んでくれよぅ」
「誰がハニーだ、気色悪ぃこと言ってんじゃねぇよ」

ジャンとバクシーの間には性的な接触こそあるものの、恋人同士などという甘ったるい関係では決してない。それを分かっていながら、バクシーは折に触れてジャンを恋人に見立てたような発言をしてみせる。彼のその言動に、いつだってジャンは神経を逆撫でされていた。

(本ッ当にテメェは俺をイライラさせる天才だよ)

湧き起こった苛立ちのままに煙草のフィルターを噛みしめるジャンを、バクシーは物言いたげな目つきで眺めやり。

「なぁ、あのナード野郎に俺が何て答えたか、気にならねぇの?」
「ならねぇよ」
「あの野郎がジャンの昔の男が俺にどんな目に合わされたかも、気にならねぇ? 全然?」

思わせぶりな口調にジャンはチラリとバクシーの顔へ視線だけを向けた。だが、ジャンは己の相棒を自称するこの男が、休戦協定を結んだばかりの相手に何かを仕掛けるほど馬鹿ではないと知っている。スイ、と視線を逸らしたジャンは脇に置かれたテーブルに載っていた空き缶に煙草を押しつけて火を消し、吸殻を中へと放り込み。新たに取り出した煙草を唇に咥えると、無言でマッチを擦った。

どうだっていい」

ゆったりと吸い込んだ煙が唇の端から少しずつ漏れ出していくのに合わせるように、投げやりな言葉がジャンの口から吐き出される。それを耳にしたバクシーの目が、わずかに細められた。

「そうかよ。俺のこともどうだっていい、って、思ってんだろうなぁ、オメェは」

バクシーの言葉を右から左へと聞き流したジャンは、唇に煙草を咥えたままゆっくりと目を閉じ、ソファの背もたれへ体重を預ける。振り払われた形になったバクシーの腕はジャンの背中を滑り降り、細い腰と背もたれの間の空間の座面に落ちた。

「バクシー。俺はもう寝るところだったんだ。他に用事がねぇんだったら自分の部屋に帰れ」

行き場を失った大きな手が、ジャンの言葉を受けてピクリと痙攣する。

「俺の用事はここからが本題なんだけどナァ」
あぁ?」
「なぁ、やろうぜ」
「やらねぇ。気分じゃねぇ」
「だったらその気にさせてやるからよぅ」
「チッめんどくせぇ

大きく舌を打って遺憾の意を表明してみせはしたものの、この相手は自分が頷くまで諦め悪く食い下がるであろうことも簡単に予想のついてしまったジャンは。最終的に応じることになるのであれば、抵抗は時間と気力と体力の無駄遣いでしかないと判断して髪の毛を掻きむしり、いつの間にか短くなっていた煙草の火をねじり消して空き缶へと放り込む。

「オメェのそういうとこ、好きだぜ、ジャン」
「言ってろ、クソったれ」

妥協の気配を敏感に察知したバクシーがにんまりと笑みを浮かべて圧しかかってくるのを睨み上げてから、諦めたようにジャンは目を閉じた。
自分の身体へと無遠慮に触れてくる大きな手が、自分を見てくれと拒絶しないでほしいという懇願を含んでいることには気づかないまま。