テーブルの上に置かれた小さなランタンの明かりだけが頼りの薄暗い廃屋の室内で、ジャンは向かい合って立つ恋人に向けて両腕を広げてみせた。
「誕生日おめでとう、バクシー。今日はオメーの好きにして……いいぜ」
改めて許可するまでもなく、日頃からバクシーに望まれれば大抵のことをジャンは受け入れているのだが、それでも敢えて言葉にしてみせる。言われたバクシーが――その銀色の双眸が、ジャンの言葉を受けて喜びで蕩けたように潤むせいだ。
「ありがとうなジャン……嬉しい。大好き……愛してる」
長い両腕に抱き込まれたジャンの耳の縁を、熱を帯びた囁きが掠めていく。そのままこめかみに顎を擦り寄せてくる大型の獣のような恋人の愛情表現を、ジャンは目を閉じて受け入れた。視界が閉ざされると、相対的に嗅覚が鋭敏になる。深く息を吸い込むと肺の中を侵していく恋人の発情の香りに、まるで脳まで犯されているような気分でジャンはうっとりと微笑んだ。
「ジャン、ジャン……」
「ン、フフ……懐に棍棒でも仕込んでんのかよ」
ジャンの髪の毛にいくつも口づけを落としながら、バクシーが己の身体を擦り寄せる。腹部をゴリゴリと抉ろうとするかのような硬い感触に、ジャンは苦笑雑じりの咎めだて――と呼ぶにはあまりにも甘すぎる声を発した。
「これからジャンを抱けるって思ったら興奮しちまってよぅ」
少しだけ身体を離したバクシーが、ジャンの顔を上から覗き込む。同じく下からバクシーを見上げるジャンは、情欲に塗れた銀色の瞳と、それ以上に愛情に溢れた視線を受け。
(こんだけ散々抱き合ってるっつーのにセックスの予感だけで勃起できるってティーンエイジャーかよ……俺もだけど……)
自分も同じ目つきで相手を見つめ返していることを存分に自覚しながら、そんな自分たちの有様に脳内で突っ込みを入れた。だが、そんなのは知ったことかと言わんばかりに、ジャンの身体の表面も奥深くも、恋人に触れられることを求めて熱を燻らせ、疼きを訴える。
(ほんっと、俺たちって……どうかしてるよなぁ)
自嘲気味にそんなことを考えたジャンだったが、そんな風に〝二人揃ってどうかしちまってる〟ことが嫌なのかと問われれば、否定の言葉を返すしかなかった。否、嫌悪感を覚えるどころか、この上ない多幸感に包まれてしまっているというのが正直なところだ。
「……俺も、早くお前に抱かれてぇよ」
柔らかな笑みの形に撓められたジャンの唇から零れ出した言葉に、バクシーはごきゅり、と喉を鳴らした。
「あー……その……ジャン=サン……お願いが、あって……」
「ン? 何だ? お前のその聞き分けのねぇ暴れん棒をしゃぶってほしいか? それとも金玉をロリポップみてぇに口ん中で転がしてやろっか」
「あ、いや、そのう……それはそれで大変魅力的なご提案なんですけど……」
ジャンが口にした行為を具体的に想像したのだろう、二人の身体の間に挟まれているバクシーの性器が持ち主の期待を顕すかのようにビクンと震える。だが、恋人に口で愛撫してもらうこと以上の、切なる願いをバクシーは舌に載せた。
◇ ◇ ◇
浅い位置でバクシーが腰を揺する度に、ジャンのペニスの先端からは透明の液体がとろとろと溢れ出して竿を伝い、ひよこめいた金色の陰毛を濡らしていく。
「さっきから止まんねぇなァ……ずーっとお漏らししてるみてぇ」
「も……そこばっか突くの、やめろってぇ……」
「ンー、奥の方が疼いてきちまったァ?」
「バカ、ションベン、漏れる……ッ」
前立腺を責められる度に湧き起こる尿意めいた感覚は、本来のそれとは異なる。頭ではそれを理解していても感情がついていかず、ジャンはバクシーを睨み上げた。今にも涙が零れ落ちそうに潤んだ金色の双眸には羞恥心と快感の入り混じった光が揺らめき、白皙の頬は上気してピンク色に染まっている。それを上から見下ろしたバクシーは、感じ入ったような声を漏らした。
「……ジャン……可愛い……」
「――――ッ!!」
反射的に飛び出しそうになった罵り文句を、ジャンは呑み込むことに成功する。「今日は可愛いと言われても怒らない」というのがバクシーの願いだったからに他ならない。
せっかくの誕生日に願うことがそれなのか、と半ば呆れつつ受け入れたジャンに、バクシーは大袈裟なほどに喜んでみせた。クリスマスの朝、目覚めて枕元に置いてあったプレゼントを発見した子供のような笑顔に、お前の方がよっぽど可愛いと思うけど、というジャンの感想が口に出されることはなかった。
そこからバクシーは堰を切ったように可愛いという言葉をジャンへと浴びせかけた。言われる側のジャンとしては、ここぞとばかりに言おうとしていやがるなぁとか、日頃はそんなに我慢させていたのかと少しだけ憐れみを覚える瞬間もあったのだが。かれこれ三〇分ほどが経過した現在。
(どう考えても言いすぎだろうが!!)
それも口先だけで適当に繰り返すのではなく、毎回感じ入ったような口調で言われるのだから、ジャンとしてはたまったものではない。対等なつもりの恋人から与えられる「可愛い」という言葉にはどうしたって反発心が芽生えてしまうが、それ以上に。
(クッソ、腹の奥がジンジンして……頭、ボーッとしちまう……)
灼けつきそうな視線で見つめながら、大切なものを扱うような手つきで触れられて、熱の籠った口調で「可愛い」と言われる度に脳裡が真っ白になって、ジャンはもう何度もイッてしまっている。まだ一度も射精はしていないが、それでもジャンが達していることはバクシーにも伝わっていて、その口からは更なる「可愛い」が飛び出す羽目になる。
(カッツォ――こんなん、バカになっちまうだろ……)
今日は全部バクシーの希望通りにすると――自分からは何の要求もしないと、そう己に課していた縛めをかなぐり捨て、ジャンは恋人の首に腕を回して引き寄せた。
「え、ジャ、ジャァン?」
驚いたような声を出しつつも、素直に顔を寄せてきた恋人の首筋に――そこに刻まれた刺青にがぶりとジャンが噛みつくと、バクシーがくすぐったそうに首を竦める。
「もっと、奥までくれよ……お前の、一番奥で感じてぇんだ……」
首に顔を埋めたままそう囁けば、ジャンの体内に埋められたバクシーの性器がひと回り大きくなるのが感じられた。
「分かった。ジャンは奥が好きだもんなァ……」
噛みついていた首を解放してやると、上体を起こしたバクシーがジャンを見下ろして幸せそうに笑う。その表情を目にしたジャンは、胸が詰まるような気持ちにさせられた。
(カーヴォロ、嬉しそうな顔、しやがって……)
自分の要求がジャンに受け入れられた時よりも、ジャンに何かを求められた時の方がバクシーは幸せそうな顔をしているんじゃないだろうかと、そんな気持ちに捉われたジャンは。
(やっぱりお前の方が可愛いっつーの!)
そんなことを考えて。それから、このどうしようもなく可愛い男が己の恋人なのだという幸せをひっそりと噛み締めながら。まだ始まったばかりの長い夜の先を思って、この後何回いかされることになるのかと――諦めと期待の入り混じった熱いため息を零した。
*続き。『夜明けまではまだもう少し』