デイバン郊外の路地裏で、バクシーはうずくまっていた。脇腹を押さえる大きな手の甲には、血が幾筋も伝って地面へと流れ落ちていく。過去にショットガンで抉られてできた傷痕は、よく手入れのされたナイフによって上書きされていた。
「クッソ……あのキチガイ犬……」
油断は一切していなかった。むしろ最大限に警戒していた、と言い換えてもいい。ただ、それが通用する相手ではなかっただけだ。止め処なく溢れてくる血に、このまま手で押さえているだけでは埒が明かないと舌打ちを一つ。首に巻いていたカシミヤのマフラーを腹に巻き付け、その辺に落ちている棒を使ってきつく捩じり上げた。可愛い恋人から誕生日のプレゼントに貰ったそれがじわじわと血に染まっていくのを苦々しく見つめる。
「寒ぃな……ちっと血ィ、流し過ぎたか……」
流れ出た血によって体温を失った身体を睡魔が緩慢に、だが確実に蝕んでいく。一刻も早く傷口を縫合しなくてはならないのは分かっているが、路地の外にはまだCR:5の兵隊がうろついているであろうことが容易に想像できた。
せめて何か食料になる物はなかったかと隠しを探ると、指先に覚えのない、丸めた紙のような感触が触れる。
「――?」
引っ張り出したそれは中に何かを包み込んだメモの切れ端のようで、やはりバクシーに見覚えはなかった。疑問符を浮かべながら開くと、中からは銀紙に包まれた馴染みのある――キスチョコが二つ、転がり出てくる。それを見た瞬間、ジャンだ、と確信した。デイバンへと出発する日、ほとんど明け方までバクシーに貪られていたジャンは疲労困憊して眠そうな顔をしつつもバクシーを見送ってくれた。身支度を済ませて部屋を出ようとするバクシーを引き留め、ハグとキスを贈ってくれた、その時にでも紛れ込ませたのだろう。
バクシーの掌の上に乗る小さなチョコ。他人が見ればただのチョコだが、二人の間では――ジャンとバクシーにとっては、互いの快楽を分け合う小道具の一つでもあるそれ。そのチョコをこっそりとバクシーの懐に忍ばせたジャンの真意に思いを馳せつつ、それを包んでいた紙に目をやると。クシャクシャになったメモ紙には何かの文字が書かれていた。
〟Sto aspettando il tuo ritorno(おまえの帰りを待ってる)〟
バクシーには分からないことを見越して、敢えてイタリア語で書かれたであろうそれ。だが、そんなジャンの思惑に反して。
「リスニングとスピーキングはイマイチだけど、リーディングは何となくできるんだって、言わなかったっけかなぁ」
バクシーの口から漏れ出る声は愛しさに満ち溢れている。キスチョコを一つ、銀紙を剥いて口に放り込むと痺れるような甘さが口の中に広がった。同時に、前回ジャンとこれを分け合って食べた時のことを思い出して全身の体温が上がり――あまつさえ、下半身の一か所に血液が集中し出す。
「ワーオ、アレだけ流れてもまだ勃起できるだけの血が残ってたのね。……全ッ然イケるわ、余裕よゆー」
このまま辺りが暗くなるまでここで待機して、物資の隠し場所まで移動。そこで傷口を縫合したら何か血になる物を食って。そうして、ロックウェルへ――ジャンの元へ、帰ろう。
「おめぇが待っててくれる限り、俺は必ず生きておめぇのとこに帰るんだからな――ジャン」