2009年のイヴァン誕生日祝SS。現代日本っぽい場所を舞台にした、イヴァン→ジャンの健全友情物語。

2009年イヴァン誕生日SS

9,213文字 / 約11分
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タイムカードを押してから更衣室のドアを開けたイヴァンは、先に上がっていた同僚のジャンが着替えているところに遭遇した。物音に反応したのか顔だけを入口へと向けたジャンは、そこにイヴァンの姿を認めてゆるい笑顔を見せる。

「お、イヴァン。お疲れちゃ~ん」
おう」

愛想の欠片もない低い声で返される短い返事は、相手を嫌っているのかと勘違いをしそうな素っ気なさだが、ジャンがそれを気にすることはない。イヴァンが愛想笑いを向ける必要もないぐらいに親しい間柄であるという自負が互いの中にある彼ら二人の関係は、敢えて言葉で表現すれば〝親友〟というものになるだろう。但し、二人ともそれを他人に向けて明確な単語にすることは恐らくはない。成人男子にとっては些かならず恥ずかしい言葉なので。
ただ、ジャンがイヴァンに向けているのは混じり気なし純度一〇〇%の友情であるのに対して、イヴァンからジャンに寄せられる友情には不純物が入り混じっている。無防備に晒される白いうなじとアンダーシャツの合間から見える浮き出た背骨から視線を剥がすことにようやく成功したイヴァンは、自分のロッカーを開けながら細いため息を漏らした。
現在大学院に通うイヴァンがこの居酒屋のバイトを始めたのは二十歳の頃だった。場所と時間と時給の条件が当時の希望に最も適っていたちなみに、その前に一瞬だけやった家庭教師と塾講師のバイトはどちらも生徒を泣かせてしまってクビになったという以上の理由はなく、より好条件のバイトが見つかればいずれ乗り換えるつもりでいたはずが、三年近く経った現在も続けているのはひとえにジャンの存在があったからだと言っても過言ではない。
イヴァンよりも三歳上のジャンは、高校を卒業して以来二十代の半ばとなった現在に至るまで定職に就いたことは一度もなく、週に多くて四日のシフトで入っているこのバイトが唯一の収入源であり、足りない分は競馬とパチンコで賄うという絵に描いたようなフリーターだった。根本的に働き者のイヴァンは、最初にそれを聞いた時には自分の最も嫌いなタイプの人種だ、と断じて眉をしかめた。嫌悪感を隠そうともしないイヴァンのその表情を見たジャンが、特に腹を立てた様子もなくへらりと呑気な笑みを返してきたことで、よりいっそうその思いが強まった。
しかし、同じ職場で働く以上まったくの無関心を貫くこともできない上に、何故かジャンの方はイヴァンを気に入ったようで何かといえばちょっかいをかけられ、次のバイトが見つかるまでの辛抱だと唱えながら付き合っていく内に、いつの間にかジャンを見る目は変わっていた。当初は馬鹿だとばかり思っていたのに案外頭の回転が速く、軟弱そうに思えた外見に反して男気に溢れている男だ、と見直してからはイヴァンの方からも声をかけることが増え、気づけばプライベートの時間を一緒に過ごす仲になっていた。
イヴァンから見たジャンは決して欠点のない男ではなかったが、それを補って余りある好ましい性格をしている。そんな風に思うようになった頃には既に遅く、気づけばイヴァンはあれほど嫌悪していたはずのソドムの町へと通じる道に片足を踏み出していた。
現在のイヴァンとジャンは、どちらかの部屋で酒盛りをして気づけばそのまま酔いつぶれていることも珍しくない。明け方、喉の渇きに耐えかねて目を覚ました時などに、手を伸ばせば届く距離で無防備に眠るジャンの姿を見て動悸を覚えたことならば数えきれないほどにある。だが、禁忌の道に踏み出すことへのためらいと、こちらの気持ちに欠片も気づいていないらしいジャンから寄せられている信頼を裏切ることへの恐れが、いつもイヴァンに二の足を踏ませていた。

別に惚れたことを後悔してるってわけじゃねぇけどよ)

ため息も増えたし、不眠症にも磨きがかかったジャンと一緒にいる時はぐっすり眠れる代わりに、ジャンがいない時には以前にも増して眠りが浅くなった気はしているが、それでもかけがえのない存在ができたことに不満はない。ただ、自分がこの先どうしたいのかジャンとどのような関係になりたいのかが、まだイヴァン自身にも見えていないせいで、苛立ちと不安が日々募っていく。

(ジャンの野郎が無駄にモテやがるからなぁ

イヴァンの惚れた欲目というわけではなく、本人は至って無自覚ではあるが、老若男女を問わずある種の人間を惹きつけてしまう魅力がジャンにはある。彼らのバイト先もジャンがホールに入っている日とそうでない日とでは売り上げに差が出るというまことしやかな噂があるぐらいで、ジャンとのやりとりを目当てに足を運ぶ常連客も少なくはない。その中でも要注意人物であるとイヴァンが認定している三人の男の顔を思い浮かべ、イヴァンは小さく息を吐いた。のんびり悩んでいられるような余裕もあんまりねぇよなぁと独り言つイヴァンの背中に、ジャンの声が投げかけられる。

「なぁ、今日この後ってなんか予定あんのけ?」
「あぁ? あーいや、なんもねぇ、けど」

身支度を終えた様子のジャンに背中を向けたまま、イヴァンは天井を見上げて少しだけ考える素振りを見せてから答えを返した。ジャンとシフトが重なっている日にはそのまま誘われることも多いため、その後の自分の予定など本当は考えるまでもなくチェック済みなのだが、イヴァンはそれを正直に表に出せるような男ではない。ジャンはそれに気づいているのかいないのか、いつも通りのゆるい笑みを浮かべながら続きを口にした。

「だったら、後でお前んち行くわ」
「後で?」
「そー。渡すモンがあんだけど、ここに持ってこれなかったからいったん取りに帰んの」

いつものようにこのまま家についてくるわけではないのか、と疑問を浮かべて振り返ったイヴァンはジャンの説明を受けて、理解はしたがよく分からない、という表情になった。しかし、ジャンはそれに頓着した様子もなく「そんじゃ、また後でな」と言い残すと、耳にイヤホンを差して鼻歌を歌いながら更衣室を出ていった。

同じ方向なんだから一緒に帰りゃいいじゃねぇかよ

引き止め損ねたイヴァンはいくらかの不満をにじませながらポツリとつぶやいた後、わずかな期待に頬をゆるませる。あと数十分ほどで訪れる明日は、イヴァンの二十三回目の誕生日だ。ジャンと親しくなってからは毎年互いの誕生日を祝っている。もちろん、それはあくまでも友人同士としての軽いものであって、せいぜいが酒や食事や煙草のカートンを奢る程度のやり取りに過ぎない。日付も都合によっては一週間ほど前後することがあって、そう気合いの入ったものではないのだが、それでも欠かしたことは一度もない。そのジャンがこのタイミングでイヴァンに渡す物があると言い出したのだから、期待するなと言われても無理があった。

(忘れた、じゃなくて持ってこれなかった、つってたよな。ここのロッカーに入りきらねぇでかさのモンだとか?)

個々に与えられているロッカーはそれほど大きな物ではないが、荷物を入れた状態でも煙草のカートンぐらいならば二つ三つは余裕で入る。そう考えて、イヴァンは更に笑みを深めた。大きさが問題なのではなくて、ジャンが自分のために例年とは違う物を敢えて選んでくれたのかもしれない、という予想が彼の心をいつになく弾ませてくれる。

(まだそうと決まったわけじゃねぇけど

実際に誕生日プレゼントだと言われたわけではないのだから糠喜びになるかもしれない、と自分を戒めてはみるものの。浮き立つ気持ちは抑えきれず、イヴァンはそそくさと更衣室を後にした。

◇ ◇ ◇

日付が変わって間もない時刻にイヴァンの家にやってきたジャンは、両腕に筒のような物を抱えていた。ジャンの身長との対比から考えると長さは二メートルほどになるだろうそれは、大きさの割に重量はそれほどないことがジャンの表情から窺い知れる。

何だ、そりゃ」
「イイ子のイヴァンちゃんにサンタさんからちょっと早いクリスマスプレゼントよん」
「だーれがイイ子だ、気色悪ィ」

思っていた通りのジャンの台詞に、悪態をつきながらも口調に喜色がにじみ出るのは隠せない。自分を部屋に招き入れるイヴァンの顔に浮かべられた、親しい相手だけに見せる柔らかい表情を目にして、ジャンは抱えたプレゼントの陰でくすぐったそうに小さく微笑んだ。

「ハッピーバースデー、イヴァン」
「おぅ、サンキュ」

部屋の中で改めて祝いの言葉を伝えながらプレゼントを渡してきたジャンの顔に書いてある「早く見てみろ」という文字と、自分の中の好奇心に急かされるように、イヴァンはその場で包みを開けた。中身を目にしたとたん、思考が一瞬停止する。

何だ、こりゃ」

そんな呟きがイヴァンの口から漏れる。包装紙の中から出てきたのは、イヴァンの理解を超えた代物だった。

「何って抱き枕だけど?」
「そりゃ分かってんだよ! そうじゃなくて

イヴァンが理解できないのは、何故そのような物をジャンがプレゼントする気になったのか、ということだった。二メートル近い抱き枕にかけられたカバーには正面と背面があり、それぞれにジャンの正面姿と後姿の写真が等身大でプリントされていた。写真自体はその手のグッズにありがちなパジャマ姿や下着姿というわけではなくありふれた普段着姿ではあるが、男が男相手に贈る品物としては悪ふざけにしても行きすぎている。

(まさか、俺の気持ちに気づいたとか言うんじゃねぇだろうな?)

そう考えた瞬間、イヴァンの胸は嫌な予感に動悸を訴え始める。

(俺の気持ちには応えられないから、これで勘弁してくれってことか?)

「何で、こんなもん

わざわざ身代わりまで用意して遠回しに断られるよりも、はっきり迷惑だと言われた方がまだましだった、と思いながら呟いたイヴァンに、ジャンが抗議の声を上げる。

「こんなもんとは失礼すぎじゃねぇ? お前、不眠症なのに俺と一緒にいる時はよく眠れるっつってたからさぁ、俺がいない時もこれがあれば眠れるかもしれねぇと思ってわざわざ作ったってのに。俺だってなぁ、けっこう恥ずかしかったんだぜ?」
はぁ?」

予想とは異なるジャンの言い分に間抜けな声を上げたイヴァンは、すぐに言葉の内容を理解して胸の中に温かいものが広がっていくのを感じた。遠回しにお断りをされたのではなく、不眠症で碌に寝ていないここ一、二ヶ月は特に忙しくて、自分でも顔色が悪くなっていることには気づいていた自分のために何ができるのか、ジャンなりに考えていてくれたのだと分かるとそれだけで疲れが飛ぶような気分になる。だが、イヴァンの内心の変化が分からなかったジャンは、仕方がなさそうな表情で抱き枕を回収しようと手を伸ばした。

「しょーがねぇ、お前がいらねぇんだったらベルナルドにでもやるとするか」
「はぁ!? オイ、ちょっと待てよ、なんでそこでベルナルドが出てくんだよ」

高校時代のジャンの担任教師だったという男は、現在は教師の職を辞して会計事務所を開いている。短い教師生活の中でも特に手のかかった教え子のその後が気になっているのだと嘯いては足繁くジャンの働く居酒屋に足を運ぶ男は、イヴァンの目から見ると間違いなく自分の同類だった。途中で何度も辞めようとした高校をきっちり卒業することができたのは彼のおかげだとかで、ジャンから尊敬と信頼を向けられている様子は妬ましいことこの上ない。ジャンとの付き合いの長さで暗にマウントを取ろうとしてくる長身の優男は、目下のところイヴァンの最大のライバルと言ってもよかった。

「もともとあいつが『ジャンの抱き枕があれば短い時間でも良質の睡眠が取れそうだ』とか言ってたのを聞いて思いついたんだから、あいつなら喜んで受け取ってくれるはずだ」
「何ィ!? あのコッパゲ、ンなこと言ってやがったのかよ!」

最高級の物をほんの少しずつ、が口癖の男は睡眠に対しても同様のものを求めるのだな、などと感心する余裕はイヴァンにはない。

「男が男の抱き枕欲しがるとか、普通じゃねぇだろうが!」

(あんのホモ野郎が!)

自分のことは棚に上げてベルナルドを罵るイヴァンに、ジャンは首を傾げてみせた。

「そうかぁ? ルキーノの奴も欲しがってたぜ?」
「はぁぁぁぁぁ!? あの女好きが!?」

以前、空腹で行き倒れていたジャンを拾ってご飯を食べさせてくれたという青年実業家も、今やジャンの働く居酒屋の常連客の一人だ。店を訪れる度にジャンをからかい、やたらと彼の金髪に触りたがる男もまたイヴァンの中では要注意人物だったが、店の外で見かけた時にはいつも震えの来るようないい女しかも毎回相手が違うを連れていたため、どこかに油断があった。自分たちの店に来るのは女の相手をする合間の息抜きのようなもので、エスコートする女が目の前にいないものだから、代わりに目についたジャンを構っているだけに違いない、と思い込もうとしていたイヴァンには痛恨の一撃だった。

(あいつもジャンを狙ってたってのか!?)

病的な女好きではなく、病的な両刀使いであったか、と歯噛みするイヴァンの横で、ジャンは抱き枕を抱き締めながら思い出し笑いをする。

「自分の全身写真撮んのムズいっつったら、ルキーノが撮ってくれたんだけどさぁ。わざわざスタジオ用意してすげぇゴツいカメラ構えて、大袈裟すぎんだよなぁ。そんで興が乗ってきたのかしらねぇけど、もっと前をはだけてみろとかいっそ脱いじまえとか言われて、散々だったんだぜ。さすがにそれはひくっつーのなぁ?」
お、おぉ

そもそも着衣であろうが脱衣であろうが、同性の知人の等身大写真がプリントされた抱き枕を異性愛者が喜ぶかどうかは甚だ疑問ではあったが。ジャンの裸体がプリントされた抱き枕が欲しいか欲しくないかと問われれば欲しくないはずもないイヴァンは、どう答えてよいものかわからないままあやふやに相槌を打った。

「そんでさー、ルキーノの野郎、『独り寝の時はベッドが広すぎて寂しいから俺にもひとつ作ってくれ』とか言いやがって」
「な、つ、つく!?」

(あの野郎にも作ってやったってのか!?)

動揺しすぎて言葉にならないイヴァンの内心の叫びが聞こえたわけでもないだろうが、ジャンはひょい、と肩をすくめて答えを口にする。

「けどそれって、女が来た時は別の部屋に追いやられるってことだろ? 抱き枕の俺、可哀想じゃねぇ? ってワケで丁重にお断りしたけどな」
「そ、そうか

安堵のため息を漏らしながら、イヴァンは心の中でルキーノに貼っていた〝要注意人物〟のラベルを〝危険人物〟に貼り替え、いつの間にか額ににじみでていた冷や汗を拭った。自分以外の男の手にジャンの抱き枕が渡った場合にその抱き枕の辿る運命をうっかり想像してしまい、冬でも薄着の彼の腕には鳥肌が浮き出ているのが見える。そんなイヴァンを見て、ジャンは不思議そうに首を傾げた。

「イヴァン、おまえ、寒いの? それとも暑いの?」
「どっちでもねぇよ!」

吠えるようにそう言うと、イヴァンはジャンが抱き締めたままの抱き枕に手を伸ばした。

「それ、よこせ」
いらないんじゃなかったのけ?」
「いらねぇ、とはひと言も言ってねぇだろうが俺に、くれんだろ?」

目を逸らしたままふてくされたような口調で言うイヴァンのそれがただの照れ隠しだとわかっているジャンは、くす、と小さく笑いながらイヴァンの腕に抱かせるように抱き枕を手渡した。

「ホラ、俺だと思って大事にしろよ?」
「バカかけど、だ、大事にはしてやらぁ。ぐ、ぐらーちぇ、ジャン」
「プレーゴ、イヴァン」

耳まで真っ赤にしてたどたどしく礼を言うイヴァンに、ジャンは蜂蜜色の瞳を細めて優しく応じた。
改めて受け取った抱き枕をまじまじと眺めたイヴァンは、問題のカバーの生地や印刷が意外に上質な物であることに驚いた。伸縮性のある生地は手触りが柔らかくしなやかで、そこにプリントされているジャンの写真に指先で触れてみても安物のプリントシャツのようなごわついた感触はなく、目で確認しなければそこに絵が印刷されているとは思えない。

これ、けっこう高ぇんじゃねーのか?)

普段まともに財布も持ち歩いておらず、持っていたとしてもその日の食事代が入っていれば上等で、貯金などとは縁がないというジャンにそんな金があったのか、と意外に思ったイヴァンは思わずそのまま口に出していた。

「おまえ、よくこんなもん作る金あったな? 万馬券でも当てたのか?」
「ハハ、心配してくれてんのか? 大丈夫、ジュリオが知り合いの印刷業者紹介してくれてさぁ、なんかすげー安くしてもらった」
「なっんだと!?」

ジャンの口から飛び出した名前に、イヴァンは本日何度目かの衝撃を受け、同時に脱力感を覚えた。

(やっぱ、アイツも出てくんのかよ!)

要注意人物の三人目、某グループ企業を統べる一族の御曹司であるジュリオはジャンの命の恩人だった。当時関係を持っていた女の一人が実はヤクザの情婦だったとかで、女に手を出されて怒り狂ったヤクザとその手下に囲まれたジャンを助けてくれたのがジュリオだったのだという。一見深窓のご令息、といった風情の彼は見た目に反してでたらめに強く、あっという間にチンピラどもを片付けてしまったらしい。さらにその後、ジャンのためにヤクザと話をつけてくれたのも彼だというのだから、世間知らずなだけのお坊ちゃまではないのはイヴァンにもわかっていた。
その上、ジュリオはジャンに対する好意を隠そうともしていない。バイト仲間の女性たちの間では〝王子様〟のあだ名で呼ばれているジュリオは、ジャンと顔を合わせれば臆面もなく「会いたかった」と口にし、ジャンと話をしている間中蕩けたような表情で微笑んでいる。冷たく整った美貌がジャンの顔を見るなり綻ぶ様はまるで花が咲いたようだと評判で、その笑顔見たさに店に通うジュリオファンの女性客も日増しに増えているらしい。

(あいつがジャンを好きなのは確実だけどよ

それがどういった類の好意であるのか、イヴァンには判断がつかない。飼主に懐く犬のようでもあり、母親に甘える子供のようでもあり、初恋に焦がれる少年のようでもある。いずれにせよ、ジャンに対する独占欲だけはしっかりと持ち合わせているらしいジュリオは、イヴァンにとってあまりありがたくない存在だった。そして、ジュリオの側にもそれと同様のことが言える。

「あいつ、よく協力なんかしたな?」

ジャンの頼みをジュリオが断れるとは思えないが、その頼みがイヴァンのためのものであると知っても快く引き受けたとは思いがたい。かといって、ジュリオの気持ちに気づいていないジャンがわざわざジュリオに目的を隠して頼みごとをしたはずもない。自分であれば、他の男のために自分の抱き枕を作ってほしい、などと頼まれた日にはどのような手を使ってでもジャンに考え直させるのに、と思いながらイヴァンは疑問を口にした。

「別に嫌そうな顔はしてなかったぜ? データがあるなら預かる、つって、次の日にはもう完成品くれたし」
「はぁぁぁぁーーー!? あいつにデータ渡したのかよ!?」
「あ、ちゃんと金も払ったぜ? あいつに払わせたわけじゃねぇからな?」
「んなこたぁ問題じゃねぇんだよ!!」

ジュリオにデータを渡したということは、彼がそのデータを使って自分用の抱き枕カバーを印刷した可能性も大いにありえるではないか、と考えたところで、イヴァンの理性は崩壊した。

「ファーック! あのファッキンナスのクソ野郎!!」

激昂して立ち上がると、部屋のゴミ箱を素足でがしがしと蹴り始める。スチール製のゴミ箱は、あっという間にただの鉄くずになった。ジャンは床に座ったままイヴァンの背中を見上げながら、大きくため息をつく。

(ほんと、こいつのスイッチってよく分かんねー)

寄せられる好意に鈍感な男はイヴァンが怒っている理由がまったく理解できないまま、持参したもう一つのプレゼントを取り出してイヴァンに声をかけた。

「なぁ、イヴァンー、怒んのは後にして酒飲もうぜ、酒! カヴァッリの爺さんからもらったいい酒、お前と一緒に飲もうと思って取っといたんだぜ?」

これまたジャンを気に入っている常連客の老人の名前に、イヴァンはぴたりと動きを止めて振り返った。現役時代にはそれなりに名の知られた人物だったらしい老人は、時々もらい物の酒をジャンに回してくれるのだが、老人にとってはそれほど貴重ではない銘柄といえども、貧乏学生とフリーターにとってはとうてい手の出ない高級品ばかりだ。このまま放っておけばそれがすべてジャンの胃に収まってしまうと憂えたのが半分。もう半分は、〝おまえと一緒に〟というジャンの台詞に不覚にもときめいてしまったためだ。

飲む」
「オーケーオーケー、じゃあグラス持ってこいよ!」

ジュリオへのわだかまりをまだ少し残しながらも、イヴァンはキッチンへ向かうと洗ったグラスを二つ手にしてジャンの許へと戻った。一升瓶を間に挟んで向かい合わせに腰を下ろしグラスを差し出すと、ジャンがいそいそと瓶を取り上げて酒を注いでくれる。ジャンが自分のグラスも酒で満たすと、二人は軽くグラスを合わせて小さな音を立て、おもむろにそれに口をつけた。

旨ぇな」
「『菊理媛』っつーらしいぜ?」
「ヘェ

知ったところで自分で買って飲めるような酒ではないだろうから、明日にはその名も脳裏から消えているに違いない。ただ、ジャンと二人で飲んで、旨かった。その記憶だけは消えずに一生残っているはずだ、と思いながら、イヴァンは幾度もグラスを空にした。

◇ ◇ ◇

カヴァッリからもらった酒が空になり、イヴァンの部屋に置いてあったビールを飲み尽くしてもまだ足りず、コンビニで新たに買ってきたビールを半分ほど消費したところでイヴァンはとうとう睡魔に負けた。ちょうどトイレに行っていたジャンが戻ってきた時には、イヴァンはそれまで背もたれとして使っていたカウチに頭を乗せて既に夢の世界へと旅立っていた。その腕に、飲んでいる間ずっと彼の傍らに置かれていた抱き枕がしっかりと抱き締められているのを見て、ジャンは柔らかい笑みを浮かべる。

「可愛い寝顔しやがって

寝ていると実際の年齢よりも幼く見える友人の頬を人差し指で軽く二、三度つついてから、ジャンはいたずらっぽい微笑を浮かべた。額にかかっている前髪を払いのけると、あらわになった額に唇をつけて小さなリップ音を立てる。

「ハッピーバースデー、イヴァン。生まれてきてくれてありがとな」

ごく小さな声でそう囁くと、イヴァンの抱えた抱き枕に頭を乗せて目を閉じる。やがてジャンの口からも規則正しい寝息が漏れ始めた。