打ち上げのあと自宅に戻ってきたイヴァンは部屋に入るなり、同居人に噛みついた。
「おい、ジャン。さっきはよくも馬鹿にしてくれやがったな」
「さっき? なーんかあったっけかぁ?」
何かあったような気がしつつも、アルコールでほどよく鈍ったジャンの脳みそはすぐに考えることを放棄してしまう。投げやりなジャンの態度に、イヴァンはいつものごとく瞬時に沸騰して、怒りに顔を染めた。
「てンめぇぇ……もう忘れてやがんのかコラ!? お、俺が早漏だとかししし素人童貞だとか、あいつらと一緒になって好き放題言ってくれやがっただろうがァ!」
「あー、アレ。あれは馬鹿にしたっつーか……事実っしょ?」
イヴァンの言葉で数時間前のやり取りを思い出したジャンの口から飛び出した身も蓋もない返答に、イヴァンはますますヒートアップしていく。
「ふざけんな! 俺ァ女に不自由したことなんか一度もねぇよ! 女転がすのなんか余裕だっつーの。テメエだって知ってんだろうがァ!」
「でも俺、おまえが玄人のオネーサンの相手してるとこしか見たことないし」
「い、今はそうだけどよォ……昔は違ったんだよ!」
それはつまり今のイヴァンは仕事以外で女の相手をすることがないということで、その理由についてはジャンも充分に承知している。ジャンのことを友だち呼ばわりしているくせにちゃっかりベッドも共にしてしまうこの男は、ジャンが頼んでもいないのに彼に操立てして他の人間とは性的な接触を持とうとしないのだ。ちなみに、頼んではいない、と言いながらも、ジャン自身それを嬉しく思っていないわけではないわけで。こうしてイヴァンの言葉の端々に自分への一途な想いが見え隠れすることに面映いような気持ちになってしまう。だが、それを正直に表に出すにはいささか素直さの足りないジャンは、照れくささをごまかすために小さく唇を尖らせて訴えた。
「けど、早漏はホントのことじゃね? おめーいっつもイクの早ぇーじゃん」
ジャンの知る限りでは、それは紛れもない真実であり、彼はその点に関していささか疑問を抱いてもいた。前にイヴァンが口走った内容からすると、CR:5の幹部となる以前のイヴァンはヒモのような生活をしていたこともあるようだが、果たして彼にその役目が務まっていたのだろうか、と。
(シマのオネーサンたちは舌先三寸で転がせるったって、ヒモはセックス抜きじゃ成り立たねーっしょ)
あんなに早く達してしまうのでは、相手の女を満足させている余裕はないのではないだろうか。そもそも、満足させるさせない以前にがっつき過ぎだと思うし、それでヒモとしての務めが果たせていたとは思えないのだが、とジャンは常々思っていた。
(そういうのが好きだっつー女もいるだろーけど、なんか腑に落ちねぇっつーか……)
自分を見つめるジャンの目に馬鹿にしているような色が浮かんでいるのを敏感に察したイヴァンは、反撃に打って出た。
「ンなの、てめぇだっておんなじだろーがァ! いつも俺と同じタイミングでイッてんじゃねぇか!!」
「バッ、それはおまえが射精する時に中から変に刺激しやがるからつられてイッちまうだけで、女相手の時はもっと長持ちしてたっつーの!」
「お、俺だってナァ、おまえ以外の奴が相手の時は、もっと――」
勢い込んで言い返すイヴァンは、不意に途中で言葉を詰まらせた。自分の言葉の内容が意味するところに気づいてしまったとたんに、羞恥心が芽生えてきてしまったのだ。
「も、もっと、余裕あったっつーの……」
先ほどまでの勢いを失ってぼそぼそとつぶやくように訴えるイヴァンのうつむいた顔を、ジャンはニヤニヤといやらしい笑みを浮かべて下から覗き込んだ。
「へー、じゃあなーんで俺相手の時は余裕がないんですかね、イヴァン君は?」
「そ、そりゃあ……その……」
受け入れる側のジャンとは異なり、イヴァンの立場は女性を相手にしている時とそれほど変わらない。女性相手の時とは入れる場所が少々異なるだけであり、更に厳密に考えれば、そのために作られている女性器に挿入する方が快感は強いはずだった。イヴァンは元々ヘテロであり、女相手にアナルファックをしたこともあったが、それは相手の希望に合わせたものであって彼自身は基本的にはノーマルな性行為を好んでいる。そんなイヴァンが、ジャンを相手にすると余裕を失ってしまうのは、ジャンとの行為が何よりも気持良く感じてしまうのは、何故なのか。イヴァン自身にはその理由が嫌というほどよく分かっている。そして、ジャンもそれを分かっていながらあえてイヴァンをからかって楽しんでいる。その事実により一層神経を逆撫でされたイヴァンは、衝動的に壁を蹴り飛ばして叫んだ。
「ックショウ、馬鹿にしやがって……この俺を誰だと思ってやがる!」
恥ずかしさが募ってキレているイヴァンの背中に、ジャンは苦笑しながら答えてやる。
「俺のことがだーい好き、な俺様イヴァン様、だろ?」
からかう響きに怒りを覚えて後ろを振り返ったイヴァンは、口調とは対照的に優しい笑みを湛えたジャンの表情を見て、小さく「ファック」とつぶやくと、腕を伸ばしてジャンの顔を引き寄せ、噛みつくように口づけた。
「そのとおりだよ、クソッタレ!」
そのまま酒臭い唾液と吐息を混ぜ合わせながら、ジャンはこれだからこのヘタレな俺様は可愛くてたまらない、と小さく微笑んだ。