自分のラッキーをあまりポジティブに捉えていないジャンさんと、血の似合う俺の恋人マジ最高、なバクシー。

017:紅い河を二人で渡っていく

2,438文字 / 約3分
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ジャンと落ち合う予定の廃屋を訪れたバクシーの足が、その扉を開ける手前でピタリと止まる。立て付けの悪い扉の隙間から微かに漏れ出る血の臭い。多少の怪我ではここまで香ることはない、この扉の向こうでそれなりの量の血が流されたであろうことはすぐに想像がついた。それがジャンのものである可能性を思って、バクシーの顔は知らずうちに緊張に強張る。
扉の向こうの様子を慎重に探ってみるも、争いの気配はない。生きている人間のものだと思われる明確な気配は一つきり。最大限に警戒しながらそっと扉を開けたバクシーを出迎えたのは、鼻の粘膜を刺すような血の臭いと、その場に突っ立っているジャンの姿だった。
ジャンの足元には見るからにカタギではない男が二人転がっている。恐らくどちらも既に息はなく、驚愕に囚われているかのように大きく見開かれた四つの目玉が虚空を見つめていた。二人の身体から流れ出る大量の血液が作り出した大きな血だまり。それがバクシーの開けた扉へと川のように流れてきている。その流れを、ジャンは何の感情も載せない目で見つめていた。
どこかで見たことのある表情だ、と思った次の瞬間にはもう思い出していた。ダイアナパレスホテルの最上階、血と死の臭いに満ちたあのラウンジに乗り込んだ時。あの時のジャンも、こんな風に何かが抜け落ちたかのような顔をしていた。

「オウオウ、すげー臭いさせやがって。ジャンよう、こいつはおめーがやったのけ?」

殊更に明るい口調を装って声をかけながら近づくと、ジャンの顔にパッと生気が宿る。それもまたあの時と同じだと感じて、バクシーは密かな喜びを覚えた。

「おせーぞ、バクシー」

実のところ二人が落ち合う目安としていた時間にはまだ今しばらくの猶予があったのだが。ツン、と不満そうに尖らされたジャンの唇の可愛らしさに免じて、バクシーは敢えてその誹りを受け入れた。

「すまねぇなぁ、ジャン。ラヴァーズのピンチに駆けつけられなかったなんてヒーロー失格だじぇ」
「バァーカ、別にピンチでも何でもなかったっつーの」
「どこにも怪我はしてないんけ?」

多少の怪我であれば隠されてしまう可能性があるので、直接身体に触れて確認していく。服の上からだけでは用が足りないとばかり、服の中の素肌にまで手を滑らせて。少しの変化も見逃さないように注意深く表情を窺うバクシーの手の動きに、ジャンは肩をすくめて笑った。

「バッカ、くすぐってぇ、って」

その表情にどうやら本当に怪我はしていないようだと納得して、バクシーはようやく手の動きを止めた。ただ、掌に触れるジャンの素肌の感触が大変に気色良かったため、手を放すことまではしない。

で? こいつら、何なんだ?」
「知らね。どっかから後つけてきてたらしくてさ。ここに入った直後に押し入ってこられてカツアゲされた。けど金なんて持ってねぇっつったらキレて襲いかかってきやがった」
「ホホウ

襲いかかられて反撃しただけ、にしては血が流れ過ぎている。だが、男たちについて話し始めたとたん、瞬時に翳ったジャンの目の色に、追究はしない方がいいのだろうと漠然と感じたバクシーは、それを口にするのをやめた。恋人の身にこれ以上の危険が及ばないのであれば、今この場で彼を追い詰めるような真似をしたくはなかったので。

「カツアゲされたってことはおめぇがバッドドッグ・ジャンカルロだってバレたわけじゃねぇってことか」
「多分な。自分たちのシマに入り込んだ見慣れねぇチンピラにちょいとヤキ入れてやろうとでも思ったんだろ」
「そいつぁツイてなかったなぁ」

ジャンも、そして、彼に目をつけた男たちも。よそ者と思われる優男風のチンピラに軽い気持ちで脅しをかけた男たちは、まさか自分たちの命を失うことになるとは想像もしていなかったことだろう。こんなにも血の似合う男なんてそうそういるはずもないのに、つくづく見る目のないことだ、と呆れ半分に考える。

(ヤクザ向いてねぇから引退しろ、それか死ね。あ、もう死んでるかァ)

頭の中で雑なツッコミを入れながら、バクシーはうっとりと己の恋人をこの上なく血の匂いの似合う男の顔を見下ろした。

オイ。ケツ揉んでんじゃねぇ」

腰の辺りの素肌に触れていた手がいつの間にやらパンツの中に潜り込み、今や無遠慮にジャンの尻を揉みしだいている。

「先生、勃起しましたァ」

ジャンに咎められたバクシーは全く悪びれることなくあっけらかんとそう言って、ちょうどいい高さにある金髪頭に噛みつくようなキスを繰り返した。尻を揉む手はもちろん止まっていない。

「こんな、とこで盛んな、この馬鹿ちんぽ!」
「今更、だろ? むしろ俺たちにはお似合いだって、ヴァ」

デイバンマフィア戦争では何十何百というシカゴヤクザを血の海に沈めた二人の足元には、他人の流した血が河となって流れている。それに比べれば、今、現実で自分たちの足元を流れている血などずいぶんと細やかなものだろう。

「なぁ、ジャン。腰まで血の河に浸かってたって、お前が目の前にいれば俺はキスしてぇしチンポ突っ込みてぇし、お前をいかせてぇ」
バッカ、じゃねぇの」

何を言ってるんだ、とは言われなかった。自分たちの足元が血に浸かっているという自覚がジャンにもあるのだ。そんなジャンの身体を、バクシーは軽々と抱え上げて太い左腕に座らせた。

「ジャンが溺れないようにこうして抱え上げてやるからよ、おめぇも俺をちゃんと抱っこしててくれや」

下から顔を覗き込んで掬い上げるようにキスをしてそう強請ると、己のそれより遥かに細いが力強い両腕に頭をギュッと抱え込まれる。

「こンの馬鹿ちんぽ」

囁くようにそう言ってから食らいつくようなキスをしてきたジャンに、〝お許し〟の気配を読み取って。屈託なく笑ったバクシーは、大事な恋人を抱き上げたまま、廃屋の奥へと足を向ける。ごついブーツの靴の裏で踏みつけられた血だけが点々と二人の後を追っていった。

千早ぶる 神代もきかず 龍田川 からくれなゐに 水くくるとは