ゲーム本編、デイバン編にて。イヴァンと対峙した日の夜のユートピアにて。

032:君に纏わりつく、しがらみ

1,858文字 / 約3分
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長いことずっと、俺は退屈ってやつが怖かった。気を抜くと己の意識を俺っていう存在そのものを呑み込んで消そうとしやがるこのクソッタレた世界に抗って。ソイツを笑い飛ばして吹っ飛ばしてブッ殺してレイプしてブーツの踵で踏み躙って、そうしてようやく安堵する。その繰り返しで生きてきた俺が初めて見つけた、導火線に火の点いたダイナマイトみてぇに最ッ高に刺激的で魅力的な宝物。
今、目の前でソファに横たわり、目を閉じて眠るその男の顔を俺はじっと見下ろしていた。
怖いモンはねぇのか、と。問いかけた俺の言葉に応じかけたジャンは、俺と目を合わせた直後に急におかしくなった。直前までは確かに絡み合っていたはずの視線が、焦点を失ったみてぇに俺の姿を映さなくなったのが分かっちまった。ぼんやりと宙を見つめる目ん玉は、ぽっかり空いた空洞みてぇな虚ろさで。それを見て思わずジャンの名を呼んだ俺の声にも、ジャンは全く反応を見せなかった。
正確にカウントしてたわけじゃねぇが、多分、それほど長い時間のことじゃなかったと思う。ジャンに言わせれば、疲れて眠かったからちょっとぼんやりしちまった、ただそれだけの些細な出来事。それでも、直前にジャンに投げかけた俺の言葉のどれかが、ジャンの中に眠る何かを呼び覚ましたんだろうなと感じて。それが何なのかを見極めてやりたくて、俺は眠りに落ちるジャンを黙って見守っていた。

(ジャンにも、怖ぇモンがあって俺がそれを思い出させちまった、ってことか?)

眠るジャンの顔から視線を少し動かせば、腹の上に置かれた左手が目に入る。今は包帯に隠されているが、その下に刻まれた真新しい傷痕はひどい有様で、一目見ただけで相当痛むだろうなと思わせた。
他人からは無鉄砲だと思われがちな俺だが、こう見えてかなりの慎重派だし臆病者でもある。他人よりも恵まれた身体能力を計算に入れた上での行動が、傍からは無計画で恐れ知らずに見える、それだけの話だ。
そんな俺よりもジャンの方がよっぽど命知らずの無茶を仕出かすタイプだろう。ロックウェルの廃工場で俺が追い詰められてたところに、マックスとたった二人で乗り込んできたことからも分かる。
導火線に火が点いちまえばどんな無茶でも押し通そうとする。もちろん、それができるだけの実力もジャンには備わっているとは思うが、その過程でジャン自身が傷つくことについては軽視する傾向があるんじゃねぇだろうか。今回のことだって、そうだろう。あいつがあいつら、が。

(ジャンを裏切った、あの連中が火を、点けた)

昔のオトコ、なんてふざけた言い方で誤魔化したが。互いに銃を突きつけながら、まるで見つめ合うように睨み合う二人の姿を目にした俺の胃袋を締めつけたのは、そんな単純な嫉妬めいたもんよりもっと熱くて重くてどす黒い感情だった。
少なくとも俺だったら、どうでもいい相手に裏切られたって傷ついたりしねぇ。ゴンザレスやデイヴやホーナスの裏切りだって、腹は立てても悲しいとか悔しいとかそんな感情は微塵も湧き起こってこなかった。ジャンだってその辺はきっと、俺と大して変わらないだろう。
そのジャンが我を忘れるほどに怒り、傷つき、悲しむんだとしたら。それは、その相手を信じていたからなんだろう。マジソンの地下トンネルを歩いていた時、俺の嘲りと挑発に揺さぶられながらも、必死に掟だの絆だのに縋ろうとしていたジャンの姿を思い出し。俺は、口の中に込み上げてきた苦い物をグッと飲み下した。
元々マカロニ野郎どもは気に入らねぇ相手だったが、今はもうそれだけじゃ済まねぇ、この世に存在していた事実ごと消し去っちまいてぇぐらいだ。
あの連中からジャンに向けて伸ばされている、目に見えない何か。ジャンに纏わりつき、絡め取り、引きずり込もうとする、触手みてぇな、ソレ。

「クッソ忌々しい、シガラミ、ってやつ、だわなぁ

いつか、そいつのためにジャンは命を落とすんじゃねぇかって、そんなつまんねぇ考えが俺の頭を過って。死を迎えるその瞬間、ジャンは俺のことを少しでも思い出すんだろうかと、そのせいで思い止まったりする可能性はあるんだろうかと、そんなことを考えて。

俺ァ、しがらみになりてぇわけじゃ、ねぇ

ただ、どこまでも連れていってほしいだけだ。生きる時も、死ぬ時も。
そんな願いを込めて、俺は小さく鼾をかくジャンの髪の毛に。汗と埃と硝煙の入り混じった香りのするその金色の輝きに、小さくキスを落とした。

山川に 風のかけたる しがらみは 流れもあへぬ 紅葉なりけり