「ジャン、今年のパーティは郊外にニューオープンしたホテルで行うことになったよ。最上階に部屋を用意するから、パーティの後は泊っていったらどうだい?」
「へぇ、魅力的な提案だけど……気持ちだけ受け取っとくわ」
「何だ、女と会う予定でもあるのか?」
筆頭幹部からの提案をあっさりと断ったジャンに、問うたのはルキーノだった。揶揄うような口調に反して妙に真剣な表情を浮かべる赤毛の色男の言葉に、分かりやすく目の色を変えたのは最年少幹部。
「ハァ? 女だぁ!? テメェいつの間にそんなもん作りやがった」
「んもー、俺に女を作ってる暇なんてないのはお前らが一番よく知ってんじゃん?」
「そう……だよな。休暇を取っても大体は俺たちの誰かしらと一緒に過ごしているはずだし……」
どういう弾みでか眼鏡のずり落ちたベルナルドが、自分に言い聞かせるような口調で言って、口許を押さえるように顔の下半分を手で覆う形でずれた眼鏡を定位置に戻す。
「そうそう、仮にカノジョができたってさぁ、数ヶ月に一度しかデートできない恋人なんてあっという間にフラレちまうっつーの」
そう言って肩を竦めたジャンに、幹部たち三人は揃って安心したような表情になった。こいつら揃いも揃って泡食ったツラしてやがるなぁ、とつい先程まで考えていたジャンは。彼らの表情の変化に敢えて突っ込むことはせず、ただ、これで全員無自覚なのかしらね、と心の中だけで呟いて。
「どーせパーティではまた怖ーい顔したオジサマたちに『いつになったら身を固めるんだー』とか詰められて疲弊するんだろうしさぁ。せめて夜は、カポじゃなくて一人のジャンカルロ・ブルボン・デル・モンテに戻りたいなぁって思う気持ちも分かってくれるだろ、諸君?」
顰め面で〝怖ーいオジサマ〟の顔と声を真似してみせてから、おどけたようにウィンクしてくるカポの姿に、同じような経験を少なからずしている幹部たちは揃って視線を遠くへ投げた。誰も彼もに心当たりがありすぎるが、中でも立場としてはジャン、年齢でいけばベルナルドへの突き上げが特に激しい。
「誕生日の翌日はオフにしておくよ。たまには一人で存分に羽を伸ばしてくれ……」
「グラーチェ、ベルナルド。愛してるぜ」
無意識に宛がった掌で鳩尾の辺りを撫でさすりながら奏上したベルナルドに、ジャンがちゅ、と音を立ててキスを投げた。死滅しかけていた毛根が一気に息を吹き返し始めた筆頭幹部に、それをじとりと睨みつけるルキーノとイヴァン。三人の様子を見遣って小さく笑いを漏らしたジャンは、ここまでの会話に加わることなく少し離れた場所からじっとこちらを――ジャンだけを見つめていた彼の忠犬へチラリと視線を投げる。
ジャンが誕生日に誰とどのように過ごすのかを唯一察しているであろうジュリオに向けて、ジャンはそっと片目を瞑り。そのお利口な口はそのまま閉じておくように、と無言で伝えた。
◇ ◇ ◇
バースデーパーティがお開きになった後、会場となったホテルを後にしたジャンは、自分で車を運転して隠れ家へと向かう。部下の誰にも教えていないはずのジャンの隠れ家ではあるが、ジュリオは自力で場所を割り出してしょっちゅう迎えに訪れるし、恐らくはベルナルドもその所在を掴んでいることだろう。ただ、己の領分を弁えている彼らのことをジャンは信用しているので、今のところは隠れ家を変えるつもりはなかった。
ミドルアッパークラスの住民が住む地区に車を乗り入れたジャンは、契約している駐車場に車を停めた。昔のようにダウンタウンの片隅に、というわけにはいかずそれなりに綺麗で安全な地区を選んだつもりだが、それでも車の乗り降りの際は周囲への警戒を怠らない。空いた両の手――今日のパーティでは様々な贈り物を受け取ったが、それらは全て本部のカポの執務室へと運んでもらう手筈になっている――の片方は腰のルガーに掛け、周囲の気配を探りながらゆっくりと車を降りると、ドアに鍵をかけてできるだけ速やかにアパートの建物内へと入った。
借りている部屋の前に立ったジャンがそっとドアノブを捻ると、案の定鍵は掛けられていない。現在この中には彼の帰りを待ち侘びて、焦れるような思いを抱えた男がいるはずだった。パーティにほんの一瞬だけ顔を出した彼に、他の人間の目を盗んでこの部屋の鍵を渡したのは他ならぬジャン自身だし、部屋の鍵は一つきりなのでいてくれないと困るのだが。
(――アイツ、拗ねてんだろうなぁ……)
左手首に巻いた時計にチラリと視線を遣って、ジャンは困ったような――面倒だなぁとでも言いたげな表情になる。だが、その表情は一瞬で引っ込めて、ジャンは部屋の中に足を踏み入れると後ろ手にドアを閉めながら、殊更に明るい声を張り上げた。
「ただいまぁ。いやー、疲れた疲れた。カポ業務も楽じゃないわ~」
「……………………」
ソファに座っているバクシーからは、ひと言も返ってこず、代わりにじっとりと恨みがましそうな視線だけがジャンに向けられる。むっつりと黙り込んだままの男の不機嫌そうな表情に、ジャンは思った通りだと内心で苦笑した。
「なぁ、お帰りは言ってくれねぇの? ハッピーバースデーもまだまだ受け付けてるぜ?」
「…………日付、変わっちまってんだろが」
ふい、とジャンから視線を逸らしながら言う男の唇がわずかに尖っているのが分かって、ジャンはしょうがないなぁという表情を浮かべ。ソファに座り込んだままの男の許へ大股に歩み寄る。
「何だよ、そんなに俺の誕生日を二人っきりで祝いたかったのけ?」
「……………………」
そうだと素直に認めることはおろか、そんなんじゃないと見え見えの嘘をつくことさえできずにひたすら沈黙を返すばかりの男を見下ろして。ジャンは、ソファに座っている男の脚の上に乗り上げるように腰を下ろした。
「急いで帰ってきたつもりだったけど、結局間に合わなくてごめんな」
「……どーせパーティがお開きになった後もあいつらと盛り上がって俺のこと忘れてたんだろ」
(うーん、まぁ、正解)
「そういう言い方すんなって。俺を祝うために頑張ってくれた奴らに素っ気なくバイバイするわけにもいかねぇじゃんよぅ」
バクシーからの指摘に内心では大きく頷きながらも、そんなことはおくびにも出さずジャンは困ったような声を出す。
「明日――っつーかもう今日だけどさ、オフになったからずっと一緒にいられるぜ。それとも誕生日じゃないと俺とは一緒にいたくねぇの?」
「そんなわけ、ねぇ……」
のっそりと動いた腕が、膝の上に座るジャンの腰に巻きつくように回されて、彼の身体を抱き寄せる。俯いたままの男の髪の毛にキスを落とし、ジャンはそっと囁いた。
「なぁ、せっかく久々に会えたんだからもっと嬉しそうな顔してくれよ。離れてから思い出すお前の表情が不機嫌なツラばっかりだったら寂しいじゃん?」
「……ずりぃ」
ポツリ、零された声はひどく小さくて、もしかするとバクシー自身ジャンに聞かせるつもりで発したものではなかったのかもしれないが、生憎と二人きりのこの部屋では聞き逃しようがなかった。
「おめぇはいつだってそうやって簡単に俺ん中を引っ掻き回してぐっちゃぐちゃにしちまうんだ」
「えー? 何だよそれ」
心当たりは大いにあるジャンだが、心外だと言わんばかりの口調ですっとぼけ。それから、バクシーの頬を両側から掌で包むように掴むと、グイと上向かせる。
「――俺の中をぐちゃぐちゃに掻き回すのはお前の専売特許、じゃんけ?」
「――――ッ」
至近距離で瞳の中を覗き込みながらそう言って、ニヤリと笑ったジャンに、バクシーはごくりと喉を鳴らした。その可愛らしい反応に、ジャンはますます笑みを深くして、高い鼻の頭に小さなリップ音を立ててキスをしてやる。
「俺が一番欲しいプレゼントはお前にしか用意できねぇんだけど……それが何かは分かるよな?」
「クソ――ファック!!」
勢い良く伸ばされた大きな右手ががっちりとジャンの後頭部を掴んだかと思うと、引き寄せたジャンの顔に――唇に、バクシーのそれが噛みつくように下から食らいついた。互いの口の中を味わうように幾度も唾液を交わらせて、息つく暇もないような激しいキスの応酬に。尻の下に敷いたバクシーの性器がどんどん硬くなってくるのを感じて、ジャンは喉の奥で笑いを漏らす。
「てめぇの欲しいモンが俺だっつーならよぉ……そんなもんはもうとっくに全部くれてやってんだろうが……」
唇を触れ合わせたまま、火傷しそうに熱い吐息と共にバクシーが囁いた。
「あぁ――知ってる。お前の全部は俺のもんだよな、バクシー」
ジャンの言葉に、バクシーは喜んでいるような、それでいてどこかが痛むような顔をして。だが、一度瞬きをしただけですぐにその表情は拭い去られてしまう。
「パーティでも言ったけどよ……誕生日おめでとう、な。俺からのプレゼント……受け取ってくれ」
「っふふ、ありがとうな、バクシー」
膝の上に載せたままのジャンの衣服を、バクシーは器用に脱がせていく。直に肌に触れた男の手の熱さに、相手の興奮を感じ取ってジャンはクスクスと笑いを零した。その表情を狂おしそうな目つきで見上げながら、バクシーは。
(――ジャンの全部も俺のもんだ、とは、言ってくれねぇんだよな……)
言えない言葉を喉の奥に押し込んで。相手の快楽を引き出す行為に没頭しようと、目の前の唇に再び噛みついた。