裸の胸をくすぐる毛の感触に、ジャンはふと目を覚ました。瞼を閉じたままでも部屋の中がまだ薄暗いことは分かる。冬の日の出は遅い。夜明けにはまだ今しばらくの時間が必要なはずだと、そう思いながら改めて眠りに落ちようとするジャンの胸を、柔らかな毛がまたくすぐった。
(くすぐってぇなぁこの野郎……)
見た目に反してどうしようもない甘えたな恋人が擦り寄ってきているのだろうと眠い頭で考えて。ジャンはのったりと腕を持ち上げると、胸の中に抱え込む形になったそれを宥めるように撫で回した。
「どーしたよ、そんなに甘えてもミルクは出ねぇぞ……」
むにゃむにゃ呟きながら温かな毛の塊を撫でるうち、ジャンはふと違和感を覚える。恋人の頭だとばかり思っていたそれは、やけにぐにゃぐにゃとしていて手応えが頼りなかった。
「ナニ、お前頭蓋骨どこにやっちまったんだよ……」
おかしな点はそれだけではない。髪の毛の感触も、恋人のそれより遥かに短かった。そのことに気づいた瞬間、ジャンは一気に覚醒して目を見開いた。
真っ先に視界に飛び込んできたのは、自分を包むように抱きかかえて眠る恋人の厚い胸板で。次に、自分と彼の胸の間に挟まるように埋もれている、一匹の白い猫の姿。更に、恋人の肩に顎を乗せるようにして眠る猫がもう一匹。
ここら辺でバクシーがよく餌をやっている野良猫の姉妹だった。そのことに気づいた瞬間、緊張の糸がふっつりと途切れたジャンは、口から大きく息を吐き出していた。
「なんだよもぉぉ……驚かせやがって……この野郎……」
二人の間に挟まってバクシーの胸に抱きつくように縋りつき、ジャンの胸に後頭部を擦り寄せていた猫がチラリとジャンを振り返る。その目が満足そうにキュゥ、と細められるのを見て、ジャンは思わず笑顔になっていた。
「カーヴォロ、この野郎……可愛い顔しやがって。そいつは俺の専用枕なんだぜ? 使用感はどうよ。最高だろ?」
返事の代わりに喉の奥を小さく鳴らした猫の頭の天辺に、ジャンは顔を埋める。そのまま、猫の頭越しにバクシーの胸に額を擦りつけ、分厚い筋肉の弾力を一頻り堪能した。
「――……オイ。起きてやがんだろ」
「アッ、バレてました?」
「バチクソ勃起してんじゃねぇか……カーヴォロ、金玉さすがに空にしてやったと思ってたのによ」
「寝てる間にまた再生産されちゃいました。ンフ」
「オメーの精子工場張り切りすぎだろ……寝てる間も働かせるとかどんだけブラックだよ」
「いやぁ……にゃんこと戯れてるジャンが可愛すぎ…………スマン」
もう誕生日ではなくなったことを思い出したバクシーは、中途半端に言葉を断ち切るとジャンに困ったような視線を向ける。言われた言葉に不機嫌そうにムス、と唇を尖らせて恋人の顔を睨み上げていたジャンは。だが、目の前の恋人のあまりにも情けなさそうにしょげた顔を見て、スイと視線を胸元の猫へと逸らし。
「――この部屋を出るまでは、怒らないでいてやんよ」
「エッ――!? あのぅ、それって」
「二度は言わねぇ」
「!! ジャン、愛してる! 最高!」
「バカ、猫が潰れるっつーの!」
思わずジャンに飛びつこうとしたバクシーの顎を、胸元からにゅうと伸びてきた猫の手が向こう側へと押し遣る。思いがけない方向からやってきた拒絶に思わず目を瞬かせて猫を見遣った二人は、ゆっくりと視線を見合わせた。そうして互いの表情を見て小さく吹き出すと、その笑い声を塞ぐかのようにどちらからともなく唇を寄せる。
「んん……っ」
「ジャン……可愛い……」
ちゅ、ちゅ、と。唇の先を触れ合わせて軽く啄むようなバードキスを繰り返しながら愛の言葉を囁き合う間に、彼らの間に挟まれていた猫はいつの間にかすやすやと眠りに落ちていた。
「コイツよう……見た目によらず図太いよネ」
「お前の肩に貼りついてる方は、さっきから寝たまんまだからな。更に図太いぜ」
「ア、ソウなんだ……野生はどこに落としてきちまったんだべなァ」
「お前の傍だから安心できんだろ。分かる気がするわ」
俺もそうだから、という言葉は口には出されなくとも伝わってしまう。バクシーは嬉し気に目を細めて恋人の顔を見返した。
「なぁ、ジャン。起きたらよぅ、俺専属サンタさんからのチューが欲しいです」
「サンタはいい子のとこにしか来ねぇって知ってるか?」
「俺って悪い子だったのけ?」
「アホなこと言ってねぇでさっさと寝ちまえ、このヘチマ野郎」
そう言って目を閉じたジャンは、笑いを噛み殺しながら恋人の胸に頬を擦り寄せた。それに反応したのか、腰の辺りに押し当てられたバクシーの勃起がビクリと蠢いたことについては華麗に無視を決め込んで。いくらも経たないうちにその唇の間から聞こえてきた穏やかな寝息に耳を傾けながら、バクシーもゆっくりと目を閉じて眠りに落ちていった。