「おいバクシー、てめぇ!」
ロックウェルから車で半日ほどの距離にある、田舎町。その住宅街にある空き家の一室で、バクシーの腕に抱え上げられたまま、ジャンはバクシーの胸座を――掴もうとしたがそこには皮膚と筋肉しか無かったので、代わりに肩から引っ掛けているだけの黒いベストを掴み上げた。その時点で、何だかもう締まらない、と思ってしまったのをぐっと飲み込んで。
「ありゃあ俺の獲物だったのに横から手ェ出しやがってどういうつもりだこの野郎馬鹿野郎!」
「エー、だってよぅ、銃声がしたら誰かに気づかれちまうかもしれねぇし? ルガーの弾数には限りがあるわけですし? 俺がナイフでビャーッとやっちまった方が早いし安いし安全だったべ?」
「こんの…………!」
今回の獲物は、数あるクソ野郎の中でもジャンが最も嫌いなタイプの人種。子供、それも下着すら碌に身に着けていないような有様でもすぐには性別が判断できないほどの幼い相手に性的凌辱を加えるのが趣味だという男だった。その男の被害者の姿を目にしてしまった時から、ずっと自分の手で殺してやりたい、そう考えていたというのに。
腰に差していたルガーを抜き取り、まだ自分に気づいていないマヌケな男の脳天に向けて撃ち込んでやろうと思ったその時。背後から肩を掴む手に驚いて動きを止めたジャンを追い抜いた黒い影が、あっと思う間もなく男の背後に忍び寄って悲鳴を上げる余裕も与えずその喉を掻っ切って絶命させていた。
男が確実に死んでいることを確認したバクシーはジャンの元へと引き返してくると、唖然としたまま突っ立っていたジャンの身体を担ぎ上げて、その場から逃走し。その格好のまま、昨晩二人が一夜を明かした空き家まで人目を避けて駆け抜けた。
別行動をしていたはずのバクシーがいきなり現れたことに驚いていたジャンだったが、担がれて運ばれているうちに次第に獲物を横取りされたことへの怒りが込み上げてくる。殺しの現場からの逃走中に考えなしに騒ぎ立てるほど愚鈍ではなかったジャンの怒りは、空き家のドアが閉まった直後に爆発したというわけで。
バクシーの言い分に理があるのはジャンにも分かっていることだが、あのクソペド野郎は自分の手で始末をつけてやりたかったという気持ちを抑えきることもできず。見下ろした顔に鼻先を近づけて噛みつくように更なる文句を吼えてやろうとしたその時。
――ちゅっ
「あ、ヤベ」
「――ッッ!!」
下から掬い上げるようにキスをされて、ジャンの文句は喉の奥に引っ込んでしまった。
「いやー、こんな近くにラヴァーズのお顔があると思ったらお口が吸い寄せられちゃってェ。驚きの吸引力」
「てんめぇ……」
「ごめん、ってヴァ」
「俺は怒ってんだっつーの! 分かってんのか!!」
「だって、怒っててもジャンは可愛いし。いい匂いもしますし。こんなに密着してる上に顔まで近づけられちゃったら勃起しちゃう。ンフ」
「おまえなぁ……!!」
さっきまで怒りで染まっていたはずのジャンの頬が、今や違う血色に染まりつつあることに二人とも既に気づいているが、そのことには触れないまま。バクシーはいかにも作ってます、という風情の真面目な顔をしてみせて。
「あんまり他の男に執着されっとボク嫉妬しちゃいます」
「――はぁ?」
「俺のことだけ見ててくれよぅ、ジャン。な?」
「…………意味分かんねぇ……」
むすっとした顔で唇を尖らせるジャンの顔には、既に先程まで浮かんでいた怒りの色は消え失せて。大きく一つ息を吐いたジャンは、じっと自分を見上げてくる男の、期待に満ちた顔のその鼻先に。がぶり、噛みついた。