バクジャンが手を繋ぐだけの話。ロックウェルからデイバンに向かう道すがらでこんなやりとりがあったら滾る。

お手々を繋ごう

2,394文字 / 約3分
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こっそり忍び込んだトラックの荷台の幌の中。連れの馬鹿チンポ野郎に昨晩いいように痛めつけられた腰を宥めつつ、俺は床の上にケツを下ろした。今朝からずっと不機嫌なツラをしている俺をどう扱っていいのか分かりませんって表情のバクシーも少し離れた場所に腰を下ろすのが視界の隅に映り込む。このトラックがどこを目指しているのかは分からないが、この先しばらくは分岐のない一本道だ。これでようやく一息つけると大きく息をついた直後のことだった。俺が気を抜く瞬間を見計らっていたのかと疑いたくなるような絶妙のタイミングで車体が大きく揺れる。

「うわッ」
「おぉっと大丈夫け、ジャン?」

無様に転がって積荷に頭をぶつけそうになった俺の身体は、分厚い肉の壁に抱き止められたおかげであわや転倒を免れた。結構な勢いでぶつかったはずなのにビクともせずに俺を受け止めやがった肉壁もといバクシーが心配そうに見下ろしてくるのを睨み上げた俺は。安否の問いかけを無言で聞き流し、代わりに運転技術の未熟さへの罵り文句を内心で撒き散らす。

マックスの野郎を見習いやがれ、このクソ運転手!)

頭の中でカッツォを吐き出すことで少しだけクールダウンした俺は、バクシーの野郎が元の位置に戻らず俺にぴったり寄り添うようにくっついていることにそこでようやく気がついた。ただ身体が近くにあるのみならず、俺の右手は一回り以上でかい野郎の左手にいつの間にやら握り込まれている。今の今まで気づかなかったぐらいなので特に力を込められているわけでもなく、ただ俺の手の甲を覆うようにかぶせられているだけだが、気づいてしまえば暑苦しくて仕方がねぇ。触れ合った場所からじんわり沁み込んでくる体温に、腹の底からむかつきが込み上げてきた。

何だよこの手は、またさっきみたいなことがあった時に備えているつもりなのか、俺が同じようなポカを何度もやらかすようなマヌケだとでも思ってやがるのか)

脳裡に浮かび上がったその言い分が、言いがかりとか八つ当たりと呼ばれるような類の子供じみたものだってのは自分でも分かっている。これをそのまま口に出してぶつけたところで、バクシーの野郎は自分がこうしていたいだけだとか、お前が大事だからとか、そんな耳障りのいいことを言って俺を宥めようとすることだろう。こいつのそういう、俺のことを何でも見透かしているみたいなところがどうしようもなくむかついてひどく心地が良かった。
昨晩だってそうだ。もうこれ以上は無理だと言い張る俺を宥めすかして好き放題貪りやがったバクシーだが、実際のところはそうしてほしかった俺の内心を見透かされていただけだ。本気でレイプされたのは、あの大怪我とクスリでぶっ飛んでた最初の時だけで、今のこいつは俺が本当に嫌だと思っていればそれ以上のことをしてこないと分かっている。それなのに、今朝起き上がった瞬間に腰の痛みを覚えた俺の呻き声を耳にするなり「無理させてごめん」と殊勝なツラで謝罪を口にしやがったバクシーの野郎に。俺はどうにももやもやした気持ちを覚えずにはいられなかった。
自分が望んだことだと認めたくない俺の矜持を慮ってくれるのはこいつの優しさってやつなんだろうが。そうやって肚の底まで見透かされていることに対する居心地の悪さと自分の全部を受け入れようとしてくれる懐の深さへの安心感と、こんなキチガイ野郎に気遣われてる自分に対する情けなさと。色んなもんがないまぜになって、事あるごとに俺を苛立たせる。

「おめぇはお手々までかぁわいいのなぁ

もやもやした気持ちを腹の奥に抱え込んだまま黙りこくっている俺の耳に、バクシーの呟きが飛び込んでくる。思わず零れ出た、といった態のその言葉に見やった自分の手は、どこからどう見ても無骨な男のそれだった。指の節や手の甲には人を殴りつけた際にできた擦り傷が散らばっていて、お世辞にも綺麗とは言いがたい。

「可愛いわけねぇだろ、頭沸いてんのかてめぇはよ」
「エー、可愛いべ。こうやって俺の手の中にすっぽり収まっちまうサイズ感とかさぁ」
「お前より手のでかい人類の方が少数派だっつーの」

くだらねぇことをポツポツと小声ででかい声を出すと運転手に聞き咎められる怖れがあるからだ囁き合う合間に、手の甲に被せられていたバクシーの手が俺の指の間に自分の指を入り込ませる形で握り込んでくる。長い爪の先端が掌を掠めた瞬間、不覚にもびくりと身体が跳ねた。

この野郎、まさかここで盛る気じゃねぇだろうな

沸き上がった嫌な予感に対する苛立ちをそのまま載せた視線で頭上にある男の顔を睨んだ俺を出迎えたのは、宝物でも眺めるみたいに眩しそうな表情で俺を見つめるバクシーの穏やかな微笑み、だった。その表情を目にした瞬間、何故だかいたたまれない気持ちになった俺は弾かれるみたいに視線を逸らし俯いてしまう。そんな俺を気に留めた様子もなく、バクシーは俺の手が確かにそこにあることを確かめている、とでもいうような風情で握ってみたり撫でてみたり指で血管をなぞってみたり。
俺が懸念していたようないやらしさなど微塵も感じさせないその手つきに、さっき目にした幸せそうな表情が脳裡に蘇ってくる。それを振り払いたくて、立てた膝に自分の顔を埋めるようにしてぎゅっと目を閉じた俺は。代わりに、憎い四人の男たちの顔を俺をあの刑務所に置き去りにしていったCR:5の幹部たちの顔を思い浮かべようと試みた。

クソ、こんな、微温湯に浸かってるような気分になんて、なりたくねぇ、ってのに

一緒にいれば何も怖くない、何でもできそうな気分になれる、そんな男。だけど同時に、この男とずっと一緒にいると自分は鈍ったナイフみたいに何も切り裂けなくなってしまうんじゃないだろうかという気分にもさせられちまう。それがひどく恐ろしかった。