盗聴を警戒してホテルの電話は使わずに、シカゴの路上の公衆電話から定時連絡を入れる。ワン切りの後にかけ直したそれに間を置かず飛びつくように出たのは、ロックウェルに残してきた可愛い俺の馬鹿ちんぽ野郎だった。
ニッティが何だかんだと親父を引き留めにかかってくるせいで、まだしばらく帰してもらえそうにはねぇ。そう告げると、受話器の向こうからは即座に不満げな呻り声が返ってくる。
「親父はニッティとテッシィに任せて、オメーだけでも帰ってきてくれよぉ、ジャン。俺がそっちまで迎えに行くからよぅ」
いつにも増して情けなさそうな声に、どんな表情をしているのかまでありありと分かっちまって、思わず緩みかけた表情を引き締める。姿は見えないが、今この瞬間も護衛役のテシカガがどこかから俺の様子を窺っているはずなのだ。恋人の可愛い我儘に脂下がっている顔なんて、見られたいはずがない。
「アホな我儘言ってんじゃねぇ、っつーの。俺と親父が留守してるって時にオメーまでロックウェルを離れてどうすんだよ」
「けどよぅ、ジャァン!」
「なっさけねぇ声出すなよ」
「早く帰ってきてくれよ、ジャン。離れてる時間が長くなるとこのまま一生会えなくなるんじゃねぇかって気分になる……この先の人生、おめぇと一生会わずに生きてくなんて無理だべ……」
「大袈裟なんだよてめぇは、バクシー」
俺と親父がシカゴに来てからまだ三日だというのに。バクシーがシノギでロックウェルを離れた時にはもっと長期間会えなかったことだってあった。その時もバクシーは電話口ではあれこれと騒ぎ立てていたが、俺に会いたいとかやりたすぎてチンポが爆発しそうだとか、もっとふざけた感じで余裕があったってのに。思いつめたような静かな口調に嫌な予感を覚える。この馬鹿は時々下らないことで思い悩んで暴走する悪癖があるからだ。
「ちゃんといい子にしてたら帰ってからお土産やるから、な?」
お土産、の部分に溜めを作って告げる。それが何を意味しているかが正確に伝わったらしいバクシーのわずかに乱れた息遣いが、電話回線を伝って聞こえてきた。
「――分かった。愛してるぜ、ジャン」
興奮してその言葉に飛びついてくるかもしれない――それをリリーやヴァルターが傍で聞いているとしたら後でどうやってフォローすればいいのか頭が痛い――という俺の懸念を裏切って、バクシーはごくごく静かにそう返してくる。それが余計に俺の不安を煽った。
「お、おう、じゃあ、また明日、同じ時間に連絡するぜ」
「ああ」
明らかにいつもとは異なるバクシーの様子。昨日の定時連絡の際にも早く帰ってこいとせっつかれはしたが、さっきのように切羽詰まった雰囲気を出してはいなかった。この二十四時間ばかりの間に野郎の身に一体何が起こったというのか。
「――ジャンカルロニシパ、何か問題でもありましたか」
不意に鼓膜を打った背後からの問いかけに、我に返る。受話器を置いた後その場に立ち尽くして考えこんじまってたらしい。それを自覚させてくれたのは、通りすがりを装ったテシカガの、追い越しざまの囁きだ。シカゴは俺たちにとって安全とは言いがたい土地だってのに、その街中で考え込んで自失するなんてとんだ大ポカだ。振り返ることなく歩いていくテシカガの背中を見つめながら、舌打ちが漏れる。
何気ない風を装って公衆電話から離れ、前方をのんびりと歩いていたテシカガを追い越して。親父の待つホテルへと歩を進める。周囲を警戒しながらも、頭の中ではこれからの算段を――テシカガと親父をシカゴに残して、自分だけロックウェルに帰る方法を――つけるのに余念がない。
結局のところ、俺たちは二人揃ってどうしようもない馬鹿なんだろう。だけど、この先一生バクシーと会わずに生きていけるのかと問われれば。
「ファンクーロ、無理に決まってらぁ」
あいつの様子がおかしかったってだけで、もう、今すぐにでも会いたくなっている。
(――一緒にいねぇと駄目になるのは俺も変わんねぇってことだ、クソッタレ)