背後からジャンの腰を抱きかかえていた男の手が、ぬるりと動かされる。右の腰骨の周囲をひとしきり撫で回してから、腹筋を下から上へと撫で上げてそのまま胸筋へと辿り着いた、その、掌。ジャンのそれよりもひと回り以上も大きく、肉の厚い掌がジャンの胸の上で硬く尖る乳首を捉えてゆっくりと押し潰すように捏ね回した。
「っ、ふ……ぁ……ッ」
ジャンの唇から零れた吐息混じりの甘い声に、背後の男が小さく笑う。耳元に吹きかけられたその吐息にジャンはビクリと腰を跳ねさせ、股間の男性器から先走りの体液を溢れさせた。
「あー、やっべ……ジャンの乳首弄ったらめっちゃ締まるゥ……」
「ひあ、ぅ……っ、ぁ」
「マジやべぇ……チンポ溶けちまいそうだワァ……」
上擦ったような声を漏らしたバクシーは、ジャンの乳首を右手の親指と人差し指の腹で押し潰すように摘まみ上げる。そのまま柔らかく捏ねるような動きでクニクニと弄んでいたかと思えば、押し潰されて飛び出した乳首の先端を中指で引っ掻くように刺激され。
「ッあ、あッ、やァ……ッ!!」
ジャンの口からは意図せず鋭い叫び声が飛び出して、バクシーを銜え込んだ腰が仰け反るように背後に逸らされた。後頭部をバクシーの胸に押し当てるような格好になったジャンの全身が、幾度も小刻みに痙攣する。
「ジャァン、乳首、そんなにいいのけ? こっちは?」
言いながらバクシーは、ジャンの男性器の根元に宛がった左手を先端に向けて無造作にずるりと大きなストロークで動かした。
「ヒッ、両方、は、あ、ア、ァ、ダメ、だ――ッ」
悲鳴じみた嬌声を上げたジャンの全身が逃げ場を求めるようにのたうつ。バクシーの手の中のジャンのペニスの先端は膨らみを増し、パクリと口を開けた尿道口から透明な体液がどぶりと溢れ出て竿を伝った。掌を濡らすその体液のぬめりに助けを得て、バクシーの左手が滑らかに上下する。グチュグチュ、という粘着質な水音を立てながらジャンを責め立てる、己の〝いい処〟を誰よりも弁えているその手の動きに。ジャンは目を見開き、腰を――全身を震わせ、わななく唇の端から涎を零しながら声を上げた。
「あ、あッ、あぅ、う、イック、イック、イッ――――ッッ!!」
バクシーの左の掌に握り込まれたジャンのペニスが大きく膨らんだかと思うと、白く濁った体液が勢いよく噴き出す。仰け反った白い胸から腹にかけて飛び散ったその体液を、バクシーは右手の指先で掬い取り。粘りのある液体でぬめる指を擦り合わせるようにしてから、その指でジャンの乳首を再び摘まみ上げた。ぬめりのせいで、長い指先からたやすく逃げ出してしまう小さな乳首を、その度捕まえ直しては同じことを繰り返す。
「やめ、今、イッてる、イッてるからァ」
ジャンは泣いているような声を上げながら、腰を激しく前後に揺らして懇願した。その動きに込み上げてきた射精感を、バクシーは真っ白な歯を食い縛って必死に堪える。
「これで終わり、じゃねぇダロぉ? もっともっと気持ちよくしてやっから、ナ?」
「バカ、死んじまう……ッ」
力の抜けたジャンの身体をバクシーはそっと前に倒し、ベッドに俯せになるように横たえた。己の両腕で上体を支えようと試みたジャンだったが、力の抜けきった腕はすぐに体重の重みに耐えかねて、あえなくシーツの上にべったりと崩れ落ちる。バクシーと繋がった状態の尻と腰だけを高く掲げて四つん這いになっているという体勢に、しかしジャンが羞恥を覚える余裕はなかった。
「あッ、あうぅッ、あーーーーッ!!!」
背後から激しく突き込まれるバクシーの腰の動きに合わせるように、ジャンの口から喘ぎとも叫びともつかない声が飛び出す。
「あー、ヤベ、出る――ッ」
「あ、あ、あ、ァ、やぁ、あ、あぅッ」
限界まで膨張したバクシーの性器が、破裂した水風船の如き勢いで射精する。体内に注ぎ込まれる夥しい精液の量に刺激を受けたのか、釣られるようにジャンも再び射精していた。
「ジャン、ジャン、可愛い……俺の、俺の、ジャン……」
シーツに額を擦りつけて身悶えるジャンの上半身に覆い被さったバクシーが、赤く染まった耳元に注ぎ込むように囁きかけながら腰を揺する。射精してもなお硬度を失っていない勃起がこじ開けるように奥深くに入り込んでくるのを感じたジャンの下半身から、不意に力が抜け落ちた。
「あ、やべぇ……」
薄く開いた唇から頼りなく弱々しい声が零れ出るのとほぼ同時に、ジャンの性器から色のない体液が勢いよく溢れ出し、あっという間にシーツを濡らしていく。それを目にしたバクシーの大きな口が、にんまりと嬉しそうに弧を描いた。
「ジャァン……漏らしたんけ? それとも潮噴いちまったァ?」
「アホ、テメェの馬鹿チンポのせいだろうがぁ……」
「俺のチンポが悦すぎて潮噴いちまうとか、竿便器冥利に尽きるじぇ」
「……もう、いい。好きに言ってろ」
シーツの上にぐったりと横たわったジャンは、襲いくる快感の余韻をやり過ごすのに精一杯で、それ以上の言い合いを放棄した。
「んっふふー」
投げやりな返事の後ゆるりと瞼を伏せたジャンの頬に、バクシーが口づける。その喉の奥から満足そうな声とも吐息とも鼻唄ともつかない音が漏れてくるのを耳にしながら、ジャンはゆっくりと意識を手放していった。
◇ ◇ ◇
束の間の眠りに落ちていたジャンは、何やらくすぐったいような感覚を覚えて閉じていた目をそっと開いた。真っ先に視界に飛び込んでくる見慣れた天井には目もくれず、ジャンの視線はすぐに己の下腹部へと移されてしまう。だらしなく開かれた両脚の間に座り込む恋人の姿を――その男がしていることを見咎めたジャンは、呆れたような声を上げた。
「まぁたソレ、やってんのかよ」
ジャンの下腹部に幾つもの口づけの痕を残していた男は、その声に弾かれるように顔を上げ。ほんの一瞬だけ、いたずらを見咎められた子供のようなバツの悪そうな表情を浮かべたが、すぐにそれを覆い隠して不敵にニタリと笑ってみせる。
「ジャンは俺のモンだっつーシルシ、つけとかないとなんねぇからナァ」
「アホか……俺を欲しがる物好きなんざテメェくらいのもんだっつーの」
「ンモー、無自覚なラヴァーズを持つと苦労するじぇ。セクシーポインツには念入りにつけとかねぇと、ダワ」
言いながら、再び下腹部に口づけるバクシーの頭頂部を見下ろしながら、ジャンは自分の左鎖骨にチラリと視線を流した。そこにも既に幾つものキスマークが残されている。軽い口調とは裏腹の執拗さを感じさせるそれに、ジャンは小さく溜め息を零した。
(嫌なわけじゃ、ねぇ……)
自分に向けられる恋人の執着は、可愛いと思いこそすれ、決して嫌悪感を抱くようなものではない。ただ、その執着の影に彼が何かを隠しているような心地がして、それがジャンに一抹の不安を感じさせていた。
(訊いたって、どうせ言いやしねぇんだろうけど、な)
以前に一度だけ尋ねたことがあるが、その際にバクシーが見せた表情はひどく頼りなく、親を見失った子供めいた憐れさが滲んでいて。それは、彼にそんな表情をさせてしまったジャンを後悔させ、それ以上の追求を諦めさせるには充分なものだった。
ジャンの複雑な心中など知る由もなく、飽きずに口づけの痕を残している恋人の銀色の髪の毛を指先で弄びながら、ジャンはふとした思いつきを口にする。
「――なぁ、そんなにお前の印をつけておきてぇんだったらさ、タトゥでも彫るか?」
「え…………」
ピタリ、と動きを停めたバクシーが、油を注し忘れたブリキ人形のようなぎこちない動きでジャンを仰ぎ見る。愕然と見開かれた銀色の双眸に居心地の悪さを覚えたジャンは、スイ、と視線を逸らしながら続ける。
「鎖骨は人目に付く可能性あるから無難なデザインにしときてぇけど。腰の方はそうそう人に見せるような場所でもねぇからな。オメェの名前でもお揃いのデザインで何か彫るんでも……俺の趣味じゃぁねぇけど、お前がそういうのやりてぇって言うんなら、さ」
「……………………」
「オイ、聞いて――」
一向に反応が返ってこないことに不信感を覚えたジャンは、恋人に視線を戻し――言いかけていた文句を喉の奥に引っ込める羽目になった。
「おま、何で泣いて……」
「――いいんけ?」
「え?」
何を問われているのか、咄嗟に理解できないまま、ジャンはバクシーの頬を伝う涙を拭おうと無意識に手を伸ばす。その指先を、ひと回り以上も大きな手がやんわりと捕らえて優しく握り締めた。戸惑いに目を瞬かせるジャンの顔を見上げるバクシーは、夢でも見ているかのような覚束ない表情のまま、唇を震わせながら声を絞り出す。
「俺が……ジャンの身体に消えない痕をつけるなんて、許されるんけ……?」
「許すも何も……」
バクシーに握り締められている手を振り解いたジャンは、彼の涙を拭う代わりに高い鼻を指先で軽く弾いてみせた。
「フガッ、ジャ、ジャァン?」
「いいから言ってるに決まってんだろ。お前だから……つーかお前だけ、だ」
「ジャン……」
「他の誰に幾ら金積まれたってお断りだけど、な。お前がそうしてぇって言うなら」
(お前がそれで、喜ぶんなら。もう、あんな表情をせずに済むっつーんなら、俺は、いくらでも――)
言葉にならない感慨を噛み締めているらしい恋人に身を寄せ、濡れた頬や鼻先にキスを落としてやりながら。
「愛してるぜ、バクシー」
天使のように、聖母のように。恋人を包み込んで愛を囁いたジャンが、その後、自らの手で刺青を彫りたいと言い出した恋人と一頻り揉めるのは、もう少しだけ後のこと。