ジャンとバクシーがデイバンに出発する前によく使っていた、廃屋街の一角。不況の煽りで打ち捨てられた家屋の中で、バクシーの太腿の上に乗り上げたジャンは。膝立ちすることで見下ろす形になったバクシーの顔を上向かせ、覆いかぶさるようにキスをしていた。熱でもあるかのように熱い口腔内へ舌を差し入れ、口蓋や頬の内側に歯の表面、そして裏側と、余すところなく舐り回す。それから、口の中で大人しく畳まれていたバクシーの長い舌を捉えると、互いの舌の表面をゆっくりとこすり合わせた。仄かに舌先に感じるミントの風味に、刺激された唾液腺から大量の涎が分泌されて、バクシーの唇の端から溢れ出す。
「ン、ハ……ジャァン」
キスの合間を縫うように紡がれた己の名前はひどく甘くて、それだけで射精できるのではないかと思うほど、ジャンを興奮させた。
「バクシー。可愛い……可愛い、俺の――」
キチガイ、イカレ野郎。バクシーを表面的にしか知らない人間が彼を表する言葉の代表格だ。かつてはジャンもそのように思っていた。何を考えているのか分からない。もしかすると何も考えていないのではないか。うっかり触れれば何かの弾みで暴発しかねない、まるで地雷のような男だ、と。
そんな男を傍に置いているイーサンやジャンのことを馬鹿な奴だと侮る連中もいる。いつ己を裏切るかもしれない、常識の通じない相手に命を預けるなど、獅子身中の虫を飼うようなものだと。いつ爆発するかは知れないが、いずれ必ず爆発することだけは確定している時限爆弾を抱え込むようなものだと。今日、イーサンに言われて二人が会ってきた男も、そのような目で彼らを――ジャンとバクシーを、見ていた。
(カーヴォロ……何にも分かっちゃいねぇ)
後ろに流されている銀色の髪の毛を両の掌で撫でつけながら、秀でた額に、通った鼻梁に、長いまつ毛に、精悍な頬に。ジャンがキスの雨を降らせていくと、うっとりとした目で見つめ返される。あの何も分かっていない馬鹿野郎に、こんなにも従順で素直で、最高に可愛いバクシーの姿を見せてやりたいものだ、と思ったその直後に。誰にも見せてたまるか、見た奴は全員目ん玉を抉って殺したるわい、と。怒りにも似た感情が胃の腑を灼く。
「俺だけの、可愛い馬鹿ちんぽ――」
言いたい奴には好きに言わしときゃいい。こいつの〝可愛いところ〟なんて、一生、俺だけが知っていればいい。そんなジャンの万感込めた囁きは、すぐに互いの熱い吐息に巻き込まれて、やがて空気中に霧散した。