どこかの安モーテルで窓から外の雪を眺めるバクジャン。

004:降り積もる雪、重ねた時間

1,580文字 / 約2分
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安モーテルの小さな窓を開け放ち、遠く、山の上に雪が降っているのを眺めるジャンカルロの口から、吐息が白い蒸気の塊となって吐き出される。染み入るような冷気に、食われた刺青の痕が疼くような気がして己の鎖骨をひっそりと撫でるジャンへ、背後から声が掛けられた。

「ジャーン、いい加減にしねぇと風邪、ひいちまうべ」

声の主は、ジャンが何か反応を返す前に、彼の身体を押し退けるようにして窓辺に立ち、さっさとそれを閉じてしまう。古いモーテルの窓ガラスは細かな傷と汚れで景色を不鮮明なものにしてしまった。せっかく綺麗な雪景色だったのに、と口を尖らせたジャンだったが。

くしゅっ」
「言わんこっちゃねぇ、この安宿じゃ窓閉めてたって寒いぐれぇなんだから」
「説教くせぇなぁ。オメーは俺のカーチャンかっつーの」
「俺ぁジャンが望むなら、ママでもパパでもなってやるけどよぅ」

軽口を叩く合間にも、様子を窺うように、内心を探るように。微細な異変も見逃さないと言わんばかりのバクシーの視線に、ジャンはごまかすのを諦めて大きなため息をついた。

「あの雪の中をお前と二人で逃げてた時のこと、思い出してたんだ」
「俺たち、あんな軽装備で足も金もなくて、よくロックウェルまで帰れたよな。やっぱ愛のチカラかナ。はぁと」
「言ってろよ、カーヴォロ」
俺の手を放さないでいてくれてありがとうな、ジャン」

ジャンが一度も後悔などしなかった、と言えば嘘になるだろう。あの雪の中、包囲網を突破する際にも、追手から追撃を受けた時にも、ジャンたちは何度も死にかけた。その度に、自分の選択が自分だけではなくバクシーも共に追い詰めてしまったのだと思わされた。自分がもっと上手く立ち回っていれば。あの時、イヴァンを、ルキーノを、見逃さずに確実に仕留めていれば。何かが変わっただろうか、と。ジャンとしては思わずにはいられなかったのだ。自分だけが死ぬならまだ納得ができたが、この男を一緒に死なせてしまってもいいのかと。今からでも、何とか彼だけ逃がす手段はないものかと。何度も、何度も。ジャンは自分に問いかけた。

「ごめんな、バクシー」
あン?」

唐突な謝罪に、ほんのわずかだけバクシーが動揺したのがジャンには分かった。誰に対しても傲岸不遜な態度を崩さない男が。常日頃からジャンの考えていることなら何でもお見通しだと言わんばかりの勘の良さを発揮する男が。自分に対するジャンの気持ちを推し量る時だけ、馬鹿みたいに臆病になることがある。

「多分、また今度同じようなことがあっても、やっぱり俺はお前の手を放してやれないと思う。例え一緒に死ぬことになるとしても

バクシーに死んでほしくはなかった。それは掛け値なしのジャンの本音だった。だが、自分の知らないところで自分の知らない誰かと生きていくバクシーの姿を想像することもまたできなかった。否、想像したくもなかった、のだ。

「謝ることじゃねぇ。つーかむしろご褒美だわ」

あからさまに安心した様子でジャンの腕を引き寄せて、自分の腕の中にすっぽりと抱え込む。いつでも今のように寒い部屋の中でも熱すぎるくらいの体温が心地よくジャンを包んだ。

「バカだよなぁ、お前俺も、だけどさ」
「おめェと離れて生きてくぐらいなら、一緒に死んだ方がマシ、なんだわ。もちろん

ジャンの顎にかけられた手が、自分の方へと上向かせるように促す。本気を出せば成人男性の腹筋を突き破って内臓を鷲掴みにできるぐらいの力を秘めた凶器じみた手が、驚くほどの優しい手つきでそうするのに、ジャンは逆らわなかった。

「一緒に生きてく方がその何倍もマシに決まってっけどなァ」

上向かせた顔にしっかりと目を合わせながらそう告げて、バクシーは噛みつくように口づけた。

田子の浦に うち出でて見れば 白妙の 富士の高嶺に 雪は降りつつ