朝、目が覚めると真っ先に、窓辺に置いた鉢植えを確認するのがすっかり習慣になっちまった今日この頃。
「んー……表面が結構乾燥してるっぽいカモ。出る前に水やっとくかぁ」
夏の気配が色濃くなってきたのが関係あるのか、土が乾くのが早くなってきた気がするなぁ、なんてことを考えながら両腕を大きく上げ、背中を反らして伸びを一つ。欠伸も出た。
詳しい奴に聞いたところによると、この手の花は乾燥には弱いが、あんまりやりすぎると今度は根腐れを起こしちまう、らしい。今まで花に限らず植物の類を自分で育てたことなんてなかったんで、めんどくせぇもんなんだなぁってのが正直な感想だったりする。だからといってその世話を他人に任せる気にはなれないのだから、自分で面倒を見るより他はない。
「俺が貰ったもんだしな」
そんなものは言い訳に過ぎない、なんてのは口に出す前から分かってはいたが、いざ言葉にしてみると余りの白々しさに、苦笑が込み上げてくる。
(ホントは、あいつが寄越したから。理由なんてそれ以上でも以下でもねぇって、分かってるくせにな)
俺へのプレゼントに花の苗を選ぶような人間はそうそういやしないが、これが仮に他の人間からの贈り物だったとしたら。俺は一考の余地もなく、部下に世話を任せていたはずだ。「俺が世話したら枯らしちまうかもしれない。そうなったらプレゼントしてくれた人に申し訳ないし、花も可哀想だから」とか何とか嘯いて。
(まったく、どうかしちまってるよな。俺も――あいつも)
この花の苗を俺に寄越してきた男の顔を思い浮かべる。俺の誕生日が終わった直後にロックウェルくんだりから、似合わない花の苗を持ってやってきたギャング野郎。どうやら向こうで揉め事があったらしいが、それでも何とか俺の誕生日に間に合わせようと頑張ったらしいその姿は、いつになくくたびれた様子で。俺に苗を渡すなり、人様のベッドであっという間に眠りに落ちた野郎の寝顔は、やけに満ち足りて見えた。
俺を祝うために無理を押して敵地まで足を運んで。それで、あんなにも満足そうなツラができるって、それはいったいどういう感情の為せる業なのか。敵地のど真ん中で無防備な寝姿を晒すとか、警戒心の強い猫みたいなあの男らしくもない行動に、どんな意味があるのか。
(気づかずにいられるほど、俺だって鈍くはねぇ、が…………)
多分、気づいてはいけない、のだ。少なくとも、俺がCR:5のカポであり、あの野郎がGDの幹部でいる限りは、決して。
目を閉じてゆっくりと息を吐き出した俺の鼓膜を、控えめなノックの音が打つ。
「ジャン、さん……起きて、いらっしゃいます、か」
「おー。おはようさん、ジュリオ」
どうやら急ぎの用事でもあるらしいジュリオを、部屋の鍵を開けて迎え入れる。
「朝から、申し訳ありません……」
「いいっていいって。俺、まだ寝間着のまんまでだらしなくてすまねぇけど」
「いえ、こんな時間に来た俺が、悪いんです……すみません」
申し訳なさそうに俺から逸らした視線を、朝陽の差し込む窓へと向け。ジュリオは、神様が気合を入れて創ったに違いないその長い睫毛をはためかせるように、瞬きをした。この表情は、何か気がかりな出来事を見つけた時のそれだ。
「どしたー、ジュリオ? 窓の外に何かあんのけ?」
声をかけると、はっとしたようにジュリオは、元々真っ直ぐだったその背筋を更に伸ばすみたいな仕種を見せ。それから、その薔薇色の唇を躊躇うようにゆっくりと開く。
「あの、窓際の鉢植え、ですが……直射日光に当てておくのはよくない、です……多分」
「エッ、そーなのけ? 俺、ずーっと窓際に置いちまってたけど……もしかして、ソイツ、もうダメになっちまってるのか?」
ジュリオの言葉を受けて口から飛び出した俺の声は、驚きと――隠しようもない悲しさに満ちているのが、自分でも分かった。ジュリオにもそれが伝わったんだろう、ジュリオは俺以上に狼狽えた様子を見せる。
「あ、その、違います。その、もうすぐ夏になるので、そうすると、強い日射しはよくない、だけで」
「あ、なーる、そういうことか……」
つまり、暑くない時期は窓際に置いていても大丈夫だが、夏の間は直射日光は避けた方がいいってことか。そういえば、最初にこの花の世話について教えてくれた人間もそんなようなことを言っていた気がするが、すっかり忘れちまっていた。
「危うく枯らしちまうとこだったんか。教えてくれてサンキューな、ジュリオ」
人間だって真夏の直射日光にずっと曝されていたら参っちまうんだから、花もそうなったって別段不思議はねぇのかもしれない。そんなことを考えながら、いそいそと窓際から室内の日陰へと鉢植えを移動させる俺の背に。
「とても、大事にされている、んですね」
遠慮がちな声色で投げかけられた台詞に、稲妻に撃たれたような心地になった。
ずっと、気づいてはいけないと、目を逸らしていたつもりでいたってのに。現実はもう、そんな段階をとうの昔に飛び越えていたのだと、ここに至ってようやく自覚させられて愕然とする。
(俺は、とっくに、あいつを――)
思わず足を止めて振り返った俺と視線が合ったジュリオは、はにかんだように微笑みかけてくる。何の他意もない、善意や好意に満ちた、その、表情に。
「――ああ、凄く大事、なんだ…………」
どうか、気づかずにいてくれと。何も知らないままでいてくれ、と。
願うばかりの俺を。この花を――想いを、手放すことのできない俺を。
――赦してくれ。