042:花は咲く 訪う者はいないまま』と対になってる。カサブランカで、花壇の手入れをするリリー。リリーの花壇を見下ろしながら物思いに耽るバクシー。

043:逢ひ見ての のちの心

1,103文字 / 約2分
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欲しいモンはいつだって何だって、強引に時には他人から奪い取るようにして、手に入れてきた。
だけど、俺が本当に心から欲しいと願ったものだけは、決して手に入らない。この手に掴んだと思った次の瞬間には、指の間からすり抜けて零れ落ちていっちまう。
そういう、人生だった。

◇ ◇ ◇

カサブランカの裏手にある小さな花壇にリリーは足を運んだ。簡素な木の板で周囲を囲われ、天辺は吹き抜けたままのその花壇には今、青紫の星がいくつも花開いている。
花壇の前でしゃがみ込んだ小柄な老婆は、皺の浮いた手で無造作に土の表面を撫でた。しっとりと湿った手応えに小さくひとつ頷いて、ゆっくりと立ち上がる。それから改めて花壇を見下ろして、薄いグレーの双眸を細め、花壇に咲く小さな星々を眺めやった。

今年もまた、咲いたね」

この花壇が荒らされているのを彼女が発見したのは、何年前のことだったか。正確な年数は定かではない。ちょうど一株分、根元から掘り返されているのを発見した時、彼女にはすぐに犯人の見当がついた。その相手は、怒りに燃えてお玉を振りかざす彼女に対し、碌な言いわけをすることもなく黙って打たれた。
あの幼かった子供が、いつの間にか一端の大人の男になっていたのだと。怒りを遥かに上回る歓びを噛み締めたのは、決して遠い過去の話ではない、はずだった。

本当にうちの男どもときたら、どいつもこいつも碌でなしばっかりだ」

感情の読めない声でそう呟いて、リリーは花壇に背を向ける。秋の風が花壇の花をそっと揺らした。

◇ ◇ ◇

カサブランカの二階。自室として使用している部屋の窓から、バクシーは裏庭を見下ろしていた。秋の日は早い。夕暮れの薄闇の中、蕾に戻りかけている花々を銀色の双眸が静かに眺めやる。
その花が愛らしい五つの花びらを持つことを、バクシーは知っていた。初めて目にした時、まるで地上に咲く星のようだと、そう思ったのだ。
遠くからただ眺めているだけだったそれに手を伸ばす気になったのは、ひどく単純な理由だった。花と同様に否、それよりも更にキラキラと輝く相手に贈ろうと思いついた。ただ、それだけだった。
これまで奪うことしか知らなかった男は、生まれて初めて識ることになった。与える歓びを。通じ合う幸福を。
そして、自分が奪ってはいけない、壊してはならないものが、世の中にはあることを。
いつの間にかすっかりと陽が落ち、真っ暗になった庭をバクシーは静かに見つめる。寂れた街の街灯は、どれもこれもまともに息をしていなかった。
空を見上げ、明るく輝く月を眺めた男は。そのまろい金色の輝きにそっと目を閉じた。

逢ひ見ての のちの心に くらぶれば 昔はものを 思はざりけり