ほんの数日前に俺を散々っぱら踏み躙りやがった、クソッタレキチガイ野郎。俺の肉をマフィアの刺青ごと食い千切り、マンマの唯一の形見である金の輪っかをぶんどって、薄汚ぇチンポを俺の中にぶち込んで哄笑しやがった最低最悪のレイプ魔。
その男が、ガッチガチにおっ勃った勃起をテメェの手でシコシコ擦りながら、怯えと期待の入り混じった視線を俺に向けて。
「やりたい、んだよぅ……ジャン……」
俺とセックスをしたい、と、そう懇願してくる。前にやったみたいに力づくでレイプするんじゃなく、俺と合意の上でそういう行為に及びたいのだ、と。それが一体何を意味しているのか、気づかずにいられるほど鈍感な朴念仁じゃなかった俺は。
(こんなん、もう、「好きだ」って言われてるようなもんじゃねぇ?)
そう思った次の瞬間にはもう、口に出ちまっていた。
「ナニ、お前、俺のこと好きなわけ?」
駆け引きもクソもねぇド直球の問いかけをぶつけられたイカレ野郎は、きょとんとした表情になる。思ってもみなかったことを言われた、と書いてあるその鳩が豆鉄砲食らわされたみてぇなツラに、俺の方まで戸惑いを覚える羽目になった。
何だよ俺の早とちりかよ。だとしたらクッソ恥ずかしい勘違いをしちまったわ。考えてみたらこのイカレキチガイレイプ野郎が俺を好きとかありえるわけねぇよな。そもそもこのレイプ魔が恋愛感情みたいなもんを覚えるだけの真っ当な感覚の持ち主だと思ったこと自体が間違いなんじゃないだろうか。
とにもかくにも、一度口から出ちまった言葉は取り戻しようがない。気まずさを覚えつつも相手の顔から視線を逸らせずにいる俺と、瞠目したままのバクシーの視線は宙で絡み合ったままだ。
「――っ…………」
不意にバクシーが大きく息を吸い込んだ。見開かれた野郎の目の周りがじわり、じわりと赤らんでいく。
「俺ってオメェのことが好きなのけ?」
「いや、そっからかよ! 無自覚かよ!?」
でっかい口から零れ落ちた、あまりにも頼りなく小さな呟き。それを耳にした俺の口からは、反射的に突っ込みが飛び出した。
俺の突っ込みを受けたバクシーは、二度、三度と瞬きをしてからゆっくりと息を吐き出す。改めて俺を見つめ直した野郎の目がやけにキラキラと輝いているのは、俺の目の錯覚でも何でもなく、表面に薄っすらと涙の膜が張っているせいだ。
「……自覚した。俺、オメェに惚れてるみてぇだわ」
(やっぱりそうなんじゃねぇか!!)
誰だ、こんなイカレ野郎に真っ当な人間らしい感情なんてあるはずがねぇとか言ってた野郎は。俺か。俺だったな。
「へーぇ……そっか……お前、俺が好きなんだ……」
「ウン」
見栄とか恥じらいとかそんなもんは一切持ち合わせていないんだろうバクシーが、至極素直な調子でこっくりと頷く。やけにガキ臭い仕種は、年齢不詳のこの男が実は案外若いんじゃなかろうかということを感じさせた。
(そういやこいつって何歳ぐらいなんだ?)
あらゆる面において規格外すぎるせいで、今の今まで一度も気にしたことがなかったこの野郎の個人的な情報というものに、ここに至って初めて俺は思いを馳せる。
(白人、アングロサクソン系。身長はコレ、六.四フィートは余裕で超えてるよな。体重も二〇〇ポンドぐらいはあんだろ、この筋肉ダルマめ。歳は……散々こっちをガキ呼ばわりしといて、俺より若いとか言いやがったらぶん殴ってやろうか……)
そんなようなことを考えながら、頭のてっぺんから爪先までなぞるように視線で撫で下ろすと、勃起したままの野郎のチンコが目に入った。ちなみに俺の手の中にある自分のチンコも同様だ。お互いに自分の勃起を握りながら向かい合って好きだの何だの言ってるこの状況は、客観視するまでもなくマヌケなことこの上なかった。
うんざりした気分で視線をバクシーの顔へと戻すと、俺と目が合ったキチガイ野郎は羞じらうような、クッソ似合わねぇはにかみ顔で。
「今気づいたけどよぅ、コレ、初恋だわ」
「――っ……」
あぁ、そうかよ、と。何でもないことのように軽く受け流しちまえばよかったのに、俺はうっかり言葉に詰まっちまう。
目の前のこの男は、俺にありとあらゆる恥辱を浴びせかけてきたと言っても過言ではない最低最悪の加害者だというのに。ガチガチに勃起したチンコを握り締めながらも襲ってこようとはせず、俺とちゃんとしたセックスがしたいと希い。俺をレイプして嘲笑ったその口で、俺に惚れていると、俺が初恋だとそう言って嬉しそうに笑いやがる。
(頭がどうにかしちまいそうだ……否、もしかしたらもうおかしくなっちまってんのかも……)
あまりにも目まぐるしく過ぎ去った一日の疲れが見せている幻覚なのかもしれない、と。そう思いたかった俺は目を閉じて眉間を揉んでみたが、そんなことをしてみたところで今のこの状況が変化するはずもなかった。
「……テメェは、とりあえずチンコをしまえ」
「エッ」
驚きに引っ繰り返ったような野郎の声を尻目に、俺はさっき床の上に脱ぎ捨てた自分のズボンを拾い上げ、野郎に背中を向けた態勢で素早くそれに足を通した。まだ硬いまま勢いの衰えていない勃起を収めるのには多少苦労したが、それは表に出さずにファスナーをきっちり上まで締めてから背後を振り返る。
相も変わらずテメェのチンコを握り締めた――さすがにもうシコッてはいない――状態で立ち尽くし、こちらを見ているバクシーを睨み付け。
「早くしまえ、っつってんだろうが」
「っ、ジャン……」
俺の名を呼ぶ声の縋るような響き。目の前に差し出された菓子を口に入れる前に取り上げられちまったガキみてぇな表情。それに引きずられそうになる自分のケツを引っ叩くようにして、俺は意識的に冷たい声を出す。
「三度は言わねぇ」
「……分かった」
悲しそうに眉を下げ、失望感を全身から漂わせながらもバクシーはずり下げた自分のズボンへと手を伸ばし。のろり、引き上げたそいつの中に勃起を収め――ファスナーを締められないのはもちろんのこと、そもそもブツの全容が収まりきっていないわけだが、現状それは大目に見てやることにする。
(無理させて壊死してもげた、とか言われても困るしな……)
どかりとソファに腰を下ろした俺は、右の太腿に片肘を突いて掌に頭を預け、木偶の坊みたいに突っ立ったままのバクシーを下から睨み上げた。
「テメェに食われた傷がまだ痛ェ」
吐き出した言葉を受け、バクシーが気まずそうなツラになる。
「そ、れは――すまねぇ。あん時は、死にかけてて、腹も立ってて……」
「テメェが食い千切った俺のリングはどうなったんだよ」
「あー……まだ俺の腹ン中……多分、どっかに引っかかってる」
「……………………」
「ジャン、その、よぅ……」
沈黙に耐えかねたらしいバクシーが何か言おうとするのを遮って。
「俺の大事にしてたモンを洗いざらい掻っ攫っていきやがった野郎に、惚れてるだ何だ言われて、俺にどんな反応ができると思ってんだ」
無言で俺を見下ろすクソッタレギャングのマヌケ面には「分かりません」とくっきりはっきり書いてあった。そりゃそうだろう。俺自身にすら分からねぇんだ、チンポでしかモノを考えてなさそうな目の前のこの馬鹿に分かるわけがねぇ。
馬鹿の顔から視線を逸らすと、ズボンの中でまだ勃起したままの凶悪なチンポが目に入って、俺は改めてうんざりした気分でハァ、と大きく息を吐き出した。そこに込められている苛立ちが伝わったんだろう、バクシーの野郎がビクリと身じろぐ。怯えた小動物みたいなその反応に、ついさっきまでは恐ろしくて仕方がなかったはずの男のことを今は欠片も怖いと思っていない自分に気づいて、俺は。
「……俺の怪我が、治って」
そこで一度言葉を切って、バクシーの顔を見た。何を言われているのかはサッパリ分かってねぇってツラだが、ちゃんと話は聞いているようなので、そのまま続きを口にする。
「テメェの腹からリングが出てきたら、そん時に改めて考える」
「っ、え? ……あ、ハイ」
「それまでは変な期待とか一切しねぇでテメェで勝手にマスでも掻いてろ。もちろん、俺の見てねぇところで、だ」
そう告げるとバクシーは、さっき、チンコをしまえと命じた時以上に萎れた表情になった。だが、ここで仏心を出すわけにはいかない。
「返事は」
「……分かった」
不満そうに唇を尖らせつつも了承を返してきたことにとりあえず満足することにして。俺はソファに横たわり、野郎に向けて追い払うように手を振った。
「分かったんならテメェはとっとと自分の部屋に帰んな。俺はもう寝る」
「ジャン、その……」
「イエスかハイか分かった以外の返事は求めてねぇよ」
「……明日、起きたら一緒に飯食うべ」
「ああ……カッツォ、今さら腹が減ってきやがった……」
ぼやきながら空っぽの腹を抱えるように身体を丸めると、不意にバクシーの気配が近寄ってくるのが分かって、反射的にギクリと身体を強張らせる。
「――ッ…………」
俺の反応に気づいたのだろう、息を呑んだような音を立てたバクシーはそれ以上近寄ってくることはしなかった。自分の身体から少し離れた位置で空気が動くような気配がする。多分、俺に触れようとしていたバクシーが行き場を失った手を彷徨わせているんだろうと、そう、見当のついちまった俺は。目を閉じていても、野郎の情けないツラが容易に脳裡に思い浮かんじまって、心の中で舌打ちをする。
「おやすみ、ジャン……」
囁くような呼びかけに無言で返すと、未練がましそうな空気を引きずりながらバクシーの野郎が離れていった。天井の向こう側へと気配が消えていったのを確認して、俺はようやく全身から力を抜いて大きく安堵の息を吐き出す。
(危なかった……うっかり流されるところだった……)
自分で言うのも情けないが、俺は流されやすい上に気持ちいいことにも弱いのだ。ズボンの下のチンコは未だにあの野郎のオシャブリを思い出して涎を垂らしているし、何だったらケツの奥の方まで疼いちまっている。こないだのレイプは確かに間違いなくレイプで、どうしようもなく苦しくて痛い最低最悪の経験だった、そのはずなのに、苦しくてつらいだけじゃなかったことを身体が覚えちまっている。クスリのせいだ、と言い聞かせる自分の声に重なるように、本当にそれだけが原因なのかと囁きかけてくるもう一つの声がある。
さっき、あのままバクシーの野郎に流されてヤッちまっていたら、今後もズルズルとなし崩し的に関係を持ち続ける展開になっていただろうことは想像に難くない。そんな風になっちまったら最後、あの初恋童貞男を大いに勘違いさせ、非常に面倒なことになっていたはずだ。
「そんなことになって、たまるかよ……」
カッツォを吐き出し、ギュッと目を閉じて、俺は眠りに落ちようと試みる。相も変わらず疼きを訴えかけてくるチンコとケツの奥から、必死で意識を逸らしながら。