逃亡編初日の夜
「咥えろよ……女役だ」
ニヤリ、右側の犬歯を剥き出しにするような笑い方で唇を歪め、イヴァンは取り出したペニスを俺の顔に近づけてくる。まだ柔らかそうなそれをのんびりと眺めながら、俺はひざまずいた姿勢のままイヴァンに問いかけた。
「俺にお口でご奉仕してほしいって?」
「あぁ。男同士なんてゾッとするけどな、おまえは経験あんだろ? ムショじゃ日常茶飯事だっていうしな」
俺とベルナルドがベタベタしているところを目撃した時のイヴァンの過剰反応ぶりを思えば、『男同士なんてゾッとする』というのは奴の正直な本音なんだろう。それなのに、こういう要求をしてくるってのは、自分の中の嫌悪感を押し殺してでも俺に嫌がらせをしたいという欲求の方が強かったのか。それとも――。
(男を試してみたくなっちゃった、んだったりしてな)
「なんだよ、できねぇのかよ?」
俺が黙り込んでいるのをどう捉えたのか、イヴァンが勝ち誇ったような口調で俺を嘲った。力なくうなだれたままのイヴァンのペニスが目の前で揺らされる。俺は唇を舌でゆっくりと湿らせながら、上目遣いでイヴァンの顔を見上げた。目が合うと一瞬怯んだような表情を見せた野郎に、ニヤ、といやらしく笑いかけてやる。
「いいぜ、やってやるよ」
言葉と同時に、目の前にぶら下がっていたイヴァンのペニスを右手で無造作に掴む。まだ勃起の徴候すら見せていないそれは、見事なまでにふにゃふにゃだ。
「――なっ!?」
驚きの声を上げるイヴァンを無視して、俺は亀頭を横から咥えると裏筋に舌を這わせた。舌と上唇でペニスを挟んだ状態のまま、一気にペニスの中程まで顔を滑らせると、イヴァンの口から再び声が漏れる。
「マジ、かよっ……」
言葉と同時に、イヴァンのペニスが俺の唇を押しのけるような勢いで一気に膨れあがった。
(あらあら、敏感だことー)
俺にも同じもんがついてるとはいえ、感じ方には個人差があるわけで一概には言えないんだが、それでもやっぱりこの程度のしゃぶり方ではまだそんなに快感は強くないはずだと思う。なのにイヴァンのこの反応の良さときたらどうだろう。よほど溜め込んでいたのか、気に入らない俺を屈服させているような状況に気分が盛り上がっているのか、あるいは。
(しゃぶってる俺を見て興奮しちゃったかしら)
自分で自分のフェラ顔を見たことはないが、顔の造りがあんまり男臭くないことと、この女みたいな金髪のおかげでノーマルの男からの評判はなかなかいい。
(ま、理由なんてなんだっていいけど?)
これだけ簡単に勃起してくれるのであれば手間が省けて助かるぐらいだ。この分なら奴が射精するところまで俺の思った通りにコントロールできそうだ、と密かにほくそ笑み、俺は口を大きく開いてイヴァンの亀頭を口内に迎え入れた。むぁ、とイヴァンの臭いが口いっぱいに広がって鼻に抜けていく。まぁ正直言ってあんまりいい臭いじゃないんだが、その辺は気にしないに限る。
「あっ、うぁっ……!」
イヴァンの口から零れる感じ入ったような声とともに、生暖かく湿った感触に包み込まれて興奮したらしいペニスが跳ね上がった。口から飛び出しそうになるのを上下の唇で強めに挟んで押さえつけてやる。そのまま舌を動かしてべろりと亀頭を舐めてやると、舌の上にイヴァンの味が広がった。先走りよりは小便の味の方がまだ強い。
「ん……しょっぺぇ、な」
唾液を塗り広げるようにベロベロと舐め回してやりながら正直な感想を伝えると、俺の言葉に興奮したのかイヴァンのペニスは俺の口から飛び出すほどに切っ先を跳ね上げた。天を仰がんとばかりにそそり返ったペニスは暗がりの中、俺の唾液にまみれ、月明かりを受けてぬらぬらと輝く。奴にしてみれば、視覚的にけっこう興奮できる光景だろう。そいつを後押ししてやろうと、俺はわざと顔は動かさずに舌だけを目いっぱい伸ばして奴の亀頭にぺったりとくっつけてやった。
「うっ……」
予想を裏切らず、イヴァンが喉を鳴らす音が頭上から降ってきたのに気分を良くしながら、舌を窪ませてできた溝で裏筋を優しく撫でた。奴の根元を掴む俺の掌の下で血管の中を血液が勢いよくドクドクと流れる感触がして、イヴァンの興奮を余さず伝えてくる。面白いぐらいに思った通りの反応を返してくれるのがおかしくて、俺の口許にはゆるい笑みが浮かんだ。
「自分で奉仕しろっつったくせに逃げんなよなー」
「てめぇ、こそ、しっかり咥えてろ、よ……」
途切れ途切れの上擦った声ながらも、まだ言い返す余裕はあるらしい。若造の精一杯の虚勢だと思えば可愛いもんではあるが、同時にその生意気な鼻っ柱をへし折ってやりたい気分にもさせられる。
(そろそろ教えてやるべきかね。どっちに主導権があるのか、ってことを、な)
なけなしの余裕さえもすべて奪い取ってやろうと、俺は再びイヴァンの亀頭を咥えこんだ。口の中に溜め込んだ唾液を棹の根元までゆっくりと塗り広げて全体をぬるぬるにしてやってから、舌を亀頭の裏側に強く押し当てると、頬をすぼめて締め上げる。頭上でイヴァンが小さく息を呑んだのがわかったが、構える余裕を与えないように一気に亀頭まで唇を滑らせた。
「あぁっ!!」
強すぎる快感に、イヴァンの口からは叫びにも似た喘ぎ声が飛び出した。先端から溢れ出した先走りの味が俺の口の中に広がっていく。頬はすぼめたまま、鼻で息をしながら顔を前後に動かすと、イヴァンの口からはたまらなさそうな呻きが漏れた。
「こ、の、売女、がっ……」
(そんな気持ち良さそーな声で罵られてもなぁ……褒め言葉にしか聞こえねぇ、っつーの)
心の中で嗤いながら、緩急をつけて唇で棹をしごいてやると、イヴァンのペニスはあっという間に俺の口いっぱいに膨れあがった。表面に浮き出た血管が激しく脈を打っているのが唇に伝わってきて、奴の限界が近いことを教えてくれる。
(おいおい、もうかよ。早ぇなぁ)
入獄中に溜め込んだ欲求不満と脱獄後の解放感、仲間の目を盗んでの行為に対する背徳感。快感を後押しする要素はいくつも揃っているとはいえ、それにしても早すぎる感は否めない。まして、男同士なんてゾッとする、とまで言いきったくせに、だ。
「あ、くそ、この……!」
イヴァン自身もそう思ったのだろう、腰が後ろに逃げかける。俺は空いていた左手を奴の後ろに回すと硬い尻を抱えるように押さえつけた。
「ぅあっ!?」
情けない悲鳴を上げるのを無視して、尻を抱え込んだまま激しく顔を前後させてラストスパートをかける。先端まで強く吸い上げた状態で、チラ、と上目遣いに奴の顔を窺ってやると、興奮に頬を赤く染めたイヴァンの視線と俺の視線が絡み合った。快感に細められたイヴァンの目は、俺の顔を見つめながら欲情にとろりと潤んで――
「ジャ、ン……」
まるで恋人の名を呼ぶように、どこか甘える響きを帯びた声。可愛いもんだと微笑ましく思いながらペニスを口の奥深くまで迎え入れて、喉の奥で締め上げてやる。瞬間、イヴァンのペニスが一際大きく張り詰め、跳ね上がった。
「ぁっ、出、出るッ……!!」
低い呻き声とほぼ同時に、俺の口の中で熱い液体がびゅるびゅると勢いよく迸る。全部受け止めてやろうと思っていたのに、あまりの量に俺の唇の端から溢れ出るほどに、イヴァンのペニスは幾度も震えながらその欲望のたけを吐き出した。
「あ、はぁ、本当、に……」
信じられないような表情で俺の顔を呆然と見つめるイヴァンに見せつけるように、俺は口を開く。中で泳ぐ自分の精液にイヴァンの視線が釘付けになっているのを確認すると、顎の下に添えた掌に、だらりとそれを吐き出した。食い入るように俺を見つめるイヴァンのペニスが――一度放出して萎えていたはずのそれが、ぴくりと反応した。その様子を横目に捉えた俺の口から、ニヤリ、と嗤いが零れる。
「見ろよ、すげー量だぜ? おまえ、ずいぶんと溜め込んでやがったみてぇな」
「――ッ」
からかう俺の口調に対して、何か言いたいのに言うべき言葉が見つからない、とでもいうようにイヴァンがぐっと息を呑んだ。奴の精液にまみれた手を振り払いながらゆっくりと立ち上がる俺を、無言のままじっと見つめているイヴァンに、追い討ちをかけてやる。
「しかもちょっと早漏気味だな。もーちょい鍛えた方がいいぜ、若造。そんなんじゃ女を喜ばせんのも難しいだろ」
嘲笑う口調で言ってやると、イヴァンの顔が先ほどまでとは別の意味合いで赤く染まるのが、夜目にもはっきりとわかった。だが、奴が何かを口走るよりも先に、俺は奴の顔に自分の顔をぐっと近づけ、反論の隙を与えず自分の唇で奴の唇を塞ぐ。舌を差し入れてやると、びくりと身体を震わせたあと、眉を寄せるのが見えた。俺の口の中に残った自分の精液の味がわかったのだろう、実に嫌そうな表情をしているらしいのが伝わってくる。
「シット! 何しやがる……!」
唇を離したとたん、イヴァンの口からは罵り文句が飛び出てくるが、その口調に普段の勢いはない。
「てめぇの精液の味はどうよ?」
ニヤリ、笑いながら訊いてやると、吐きそうに顔を歪めながら俺を睨んでくる。だが、俺はその視線に動じることなく、同じ目線の高さにあるモスグレーの瞳を覗き込みながら低くささやいた。
「試すような真似しても無駄なんだよ、ガキが」
「――っ……」
ひゅっと小さく喉を鳴らしてあえぐように息を吸うイヴァンの顔にチラリと横目で視線を流しながら、俺は奴に背を向けてその場を後にする。追ってくる気配はなかった。
井戸に向かって歩きながら、口の中に溜まった苦い唾液を草の上に吐き出す。自然と笑いが込みあげてきて、喉を震わせた。こんなことで俺を試して――俺を見下せると思っていたらしいイヴァンの稚さがおかしくて仕方なかった。声を上げて笑っていると、しゃぶられている最中に奴が漏らした甘えるような調子の声や、達したあとの途方に暮れたような表情がふと脳裏に浮かぶ。
(可愛いもんじゃねぇの?)
冷たい井戸の水で口をすすぎながら、これから楽しくなりそうだ、と俺は心の中でもう一度笑い声を上げた。