デイバン編三日目の夜
(おまえさぁ……ホントのホントに、男がダメなわけ?)
自分の上に乗っかって息を荒らげているイヴァンを見上げながら、俺は心の中で問いかけた。なんで声に出して言わないかというと、この馬鹿の体重が肺を圧迫してくれているおかげで上手いこと息ができないからだ。
長引いた評議会のあと、ホテルの部屋で軟禁状態にされたことにイヴァンは苛立ちを募らせていた。そのストレスがどう変換されたものか、奴を気遣ってなだめてやっていた優しい俺を、イヴァンの野郎は不意打ちで押し倒してきやがった。昨夜は女とよろしくやっていたのだとばかり思っていたのに、飲んだくれて寝てしまったとかで溜め込みっぱなしだった下半身の欲求が暴発したらしい――んだが。
(本当に男がダメな奴はいくら溜め込んでたって男相手に盛る気にはなんねぇだろうが)
男しかいないムショの中では、男同士で欲求を晴らすというのはよく見かけられる光景だ。もともと男が好きな奴や、男が相手でも気にしないという奴は当然のように男同士でのセックスに勤しんでいた。本来は異性愛者だが女がいないのでやむを得ず男で妥協したり、さすがにケツの穴に突っ込む気にはなれなくて女顔の野郎にフェラだけさせるという連中もいた。
だが、本当に男が駄目な奴はどれだけ長期間に渡って収監されていようと、顔だけ見ていれば女としか思えないような野郎に咥えられようと、相手が男だと思っただけで萎えちまっていた。持てるだけのテクを駆使しても、口の中でだらりと力を失ったままピクリとも反応しようとしないペニスには、さすがの俺も白旗を上げたものだ。
そいつらに比べてイヴァンの野郎ときたら、俺にフェラをされれば驚きの早さでいっちまうし、俺のアヌスに指を突っ込んで微妙に興奮してやがった――本人は隠そうとしていたが、じゃなきゃあの状況であいつの顔が赤くなる意味がわからねぇ――し、今だって俺の太腿の裏に当たってる硬い棒のようなこの感触は勃起状態の奴のペニスに間違いない。
(俺に八つ当たりしたいだけだと思ってたんだけどな……)
最初はイヴァンも嫌がらせをして鬱憤を晴らすだけ、のつもりだったのかもしれないが、今は明らかに性的に興奮しているのが見て取れる。俺の方も乳首をひねくりこねくり嬲りまわされて、勃起したペニスから先走りの液をだらだらと垂れ流している状態だ。
「はぁ……」
俺は天井を見上げて小さく息を吐いた。別に処女でもあるまいし、この状況を悲観しているわけではない。一発抜いてやればイヴァンの頭に上った血も下がるだろうし、減るようなもんでもないから犯らせてやるぐらいはかまわない。ただ、ひとつだけ不満な点があった。ため息を聞き咎めたイヴァンがわずかに身を起こして俺の顔を覗き込んでくる。その隙に、俺は自由になった肺にせっせと酸素を取り込んだ。
「何ため息ついてやがる」
「腕が痛ェ」
タオルで後ろ手に縛られた腕の上に自分とイヴァンの体重が乗っかって、痛いというよりは痺れている状態だ。俺の上でイヴァンが身動ぎをするたびに腕にビリビリとした刺激が走って、不快なことこの上ない。
「なぁ、逃げたりしねーから腕だけでも解いてくんねぇ?」
「――ダメだ」
精いっぱいかわいこぶってみせたおねだりは、イヴァンをわずかに逡巡させただけで結局却下されてしまう。逃げたりしない、という俺の言い分を疑っているせいなのか、それとも俺の希望を聞き入れたくないという意地が勝ったためなのかはわからない。わかっているのは、イヴァンが満足するまで俺の腕はこのままの状態だ、ということだった。
「そーかい。だったらさっさと終わらせてくれよ」
「うるせえな、言われなくてもそうするっつーの」
吐き捨てるようにそう言って、イヴァンはジッパーを下ろすと片手で器用に自分の持ち物を取り出した。洋服越しに感じていた通り、いつでも突っ込めるぐらいに準備万端に硬く勃起しているのが見て取れる。
「オラ、ケツ上げろよ」
俺の膝の裏に両手を当てると、顔の脇に押しつけるようにぐいぐいと体重をかけてくる。自然と腰が浮き上がって、イヴァンの顔に股間を見せつけているみたいな体勢になった。タオルを剥ぎ取られて隠すものもない俺の股間では、中途半端に勃起したペニスがゆらゆらと揺れている。それをじっと眺めていたイヴァンの視線が不自然に揺らいだのがわかった。
(こいつ――怖気づきやがったんじゃねぇ?)
欲求不満を募らせた勢いで俺を押し倒したまでは良かったが、いざというところでペニスを目にし、俺が男だということを嫌でも意識してしまったに違いない。その証拠に、イヴァンの一物も取り出した時に比べて角度が下がり気味だ。
「……おい、これから先俺に服従するってんなら、ここまでにしてやってもいいんだぜ?」
思った通り、イヴァンの口から飛び出した腰の引けた発言を俺は鼻で笑い飛ばす。
「バァーカ。テメエに服従なんてするわけねぇだろうが。だいたい、そんな角度じゃ入んねえだろ」
ケツの穴ってのは筋肉だ。女の中に突っ込むのとはわけが違う。合意の上で行為に及ぼうというならともかく、無理やり犯るつもりであれば、突っ込む側にはある程度以上の硬さが必要だ。
「そんなフニャチン、突っ込めるもんなら突っ込んでみろよ」
目を細めてニヤリと笑いながら嘲笑ってやると、イヴァンはあっさりと挑発に乗ってきた。頬に血を上らせ、眉を吊り上げて叫ぶ。
「ッ、だったら、お望み通り突っ込んでやるよ!」
イヴァンは自分の指をしゃぶると、意を決したような表情で俺のアヌスにその指を押し当てた。あらかじめ力を抜いていた俺のアヌスは、あっさりとその指を飲み込んでいく。
「――!?」
驚いたようにイヴァンが見つめているのがわかる。もっと抵抗があるものだと思っていたに違いない。
(さっき一発抜いといて良かったぜ……)
実は、さっき風呂に入ったついでにオナニーをしたばっかりだった。しかも、普段は単純に棹をしごくだけのところを、風呂場だということで後ろも使った。ペニスを受け容れる時ほど念入りにほぐしたわけじゃないが、それでもなんの準備もしていない状態よりは遥かにましに違いない。ついでに中もある程度綺麗になっているので一石二鳥というやつだ。
「なんでこんな――最初っからやられるつもりで風呂に入ったんじゃねぇだろうな?」
いくら男が初めてとはいえ、さすがにおかしいと気づいた――アナルファックが好きな女というのもまれにいるから、もしかすると経験自体はあるのかもしれない――イヴァンが、責めるような、何かを期待するような、微妙な口調で罵ってくる。
「んなわけねぇだろ。アナルオナニーが趣味じゃ悪ぃかよ?」
「――ッ、この、変態がっ」
アナルオナニー、という単語を口にした次の瞬間、イヴァンの顔が怒りとは別の意味合いで赤くなった。一瞬言葉を詰まらせてから罵り文句を口にするが、むしろおまえの脳内で俺はどんなことになっちゃっているのか、と問いかけたい。
「人の趣味にケチつけんじゃねぇ。つーか顔赤くしちゃって、何想像してんだよ? おまえこそ変態じゃねぇの?」
「うるせぇ!!」
本数を増やした指でぐちゃぐちゃと乱暴に中をかき回される。ちなみに、さっきの風呂場では最大六本まで入ったが、やっぱり自分でやるのと他人にやられるのとではわけが違って、遥かに少ない本数でも穴の収縮のタイミングと指の動きが合わないとつらい。しかも以前にも思ったことだが、イヴァンの爪の切り方が雑なせいで俺の敏感な粘膜が不快感を訴える。
「おい、もういいから突っ込めよ」
「はん、待ちきれねぇってか? スベタめ」
すっかり覚悟の決まったらしいイヴァンは、指を抜くと俺のアヌスにペニスの先っちょを押し当てた。ぬるついた感触は奴が先割れから漏らしているカウパーのせいに違いない。いつの間にかしっかり興奮していたらしいが、もしかすると俺のオナニー姿を想像して濡らしてやがったんじゃないだろうか。
「ほら、お待ちかねのモンだ、ぜ……っ」
イヴァンのペニスがじわじわと体内に入り込んでくる。俺の側に受け容れる準備ができていて、奴自身も潤滑剤代わりの先走りを盛大に漏らしているからそれなりにスムーズではあるが、やはり指とは比べ物にならない重量感に、俺はゆっくりと息を吐き出した。
「っ、ふ……」
「は、すげぇ……なんだこれ……」
半ばまで収めたところで、イヴァンが感じ入ったようなため息混じりの声を漏らす。からかってやろうかと口を開いた瞬間、奴は性急に腰を押しつけてきやがった。
「バカ、んな急、にっ、あっ……!」
制止の言葉もむなしく、棹の残りの部分が一気に俺の体内に収められた。慣れているとは言っても、本来とは違う使い方をされている器官だけあって強引にやられればやっぱり無理が出る。俺は自分のケツの穴が切れていないことを切に願った。
「くそ、無茶しやがって……」
「んな色っぽい顔で見るんじゃねぇ、よ!」
衝撃と痛みに眉をひそめながら、こっちの都合にはお構いなしに腰を動かしているイヴァンの顔を睨みつけてみたが、逆に奴を煽っただけであまり意味はなかった。仕方がないので奴を責めるのは諦めて、腰の動きを合わせてやる。
「ふ、くっ……」
粘膜でこすり上げるように腰をひねってやると、イヴァンの口から気持ち良さそうな呻きが洩れる。
「気持ちいいか? ほら、さっさとイッちまえよ」
「なにを、おまえこそ、イッちまえ……!」
腰を動かしながらそんなやり取りをしていると、腕を縛っていたタオルがだんだんと解けてきた。痺れてはいるが自由になった腕を身体の下からそろそろと引き出して、ベッドの上を彷徨わせる。
(――お、あったあった)
指先が見つけ出したのは、さっきイヴァンが放り出した煙草と紙マッチだ。自分を突き上げるイヴァンの動きに合わせて腰を振りながら俺は拾い上げた煙草を口に咥え、紙マッチを擦った。シュ、という音にわずかに遅れて、火の点いた煙草から煙が立ち上る。
「おまえ、なに、して……」
きょとんとしたイヴァンの顔に向けて煙を吐き出すと、俺はニヤッと笑って左足の踵で奴のケツを蹴飛ばした。
「イカせてくれんだろ? おら、止まってねぇでせっせと腰振んな」
「こ、の――どこの娼婦だテメエ!」
「紙マッチの使い方も知らねぇ坊やに比べたらその辺のウェイトレスだっていっぱしの娼婦になっちまうぜ」
「クソ、バカにしやがって……!」
さっきのことを当てこすってやると、イヴァンは歯軋りしなが悔しそうに吐き捨て、俺の股間に手を伸ばした。先走りを垂らしてぬるぬるになっている俺のペニスが荒々しい手つきでしごかれる。
「ン……、そうそう、いいぜ」
せいぜい色っぽく喘いでやりながら、自分でも腰を振ると、イヴァンは悔しそうに顔を歪めた。
「はっ、く、そ……っ」
歯を食い縛るイヴァンの唇の隙間から覗いた尖った犬歯が、妙にエロくて興奮させられる。肉体的な快感などよりも、普段は生意気なだけの野郎が気持ちいいんだか泣きそうなんだかよくわからない、理性が吹っ飛びかけている表情を見せている、という事実が俺をよりいっそう煽った。
「あっ、締め、んなっ……くそ!!」
せっぱつまったようなイヴァンの声とともに、体内に収められている奴のペニスが一際膨れあがる。俺のペニスをこする手のスピードが上がった。
「出る、あぁ……!」
(はい、お疲れさん)
遠慮なく中に放出したあと、イヴァンは二、三度腰を揺すってから俺の股間に目を留めた。
「テメエ……イッてねぇじゃねーか! 汚ぇぞ、俺だけイカせやがって……!」
「イカせてやるとか大口叩いといて自分だけ先にイッちまったのはそっちだろうが。つーか終わったんなら抜いてくれ」
「ぐ……っ」
のんびりと煙草の煙を吐き出しながらありのままの事実を伝えてやると、イヴァンはムッとした表情で俺から離れた。ずるり、と抜けた奴のペニスを追うように、中出しされた精液がケツの穴からシーツの上に流れ出る。
(これをなんとかしないことには今夜はベッドで眠れねぇな)
憂鬱なため息をひとつ零して、フィルターぎりぎりまで吸った煙草をサイドテーブルに置いてあった灰皿でもみ消す。絨毯の上に精液が垂れないように腕を縛られていたタオルで抑えながらベッドから降りると、俺はイヴァンを振り返った。
「おい、シャワー浴びてくるからその間にそれ、なんとかしとけよ」
言い捨てるとイヴァンの返事は聞かずにバスルームへと向かう。
◇ ◇ ◇
イヴァンが交換しておいてくれた新しいシーツに包まって横になっていると、シャワーから上がってきたイヴァンが近づいてくる気配がした。
「おい、ジャン……まだ起きてっか?」
「……なんだよ?」
寝たふりをして無視してやろうかとも思ったが、らしくもなく神妙そうな声が気になって、結局返事をしてしまう。目を開けると、俺の顔を覗き込んでいたイヴァンの怒ったような表情が思ったよりも近くにあって少しだけ驚いた。
「おまえ……えらく慣れてるみたいだったけどよ……その、まさか、あいつらとも寝てるんじゃねぇだろうな……?」
「――はぁ? あいつらって?」
「だから、俺以外の幹部連中だっつーの!」
何がどうなって『だから』という流れになるのかはよくわからないが、イヴァンの頭の中ではちゃんと繋がっているらしい。真面目な顔をして何を言い出すのかと思ったら、嫉妬に狂った亭主みたいな言い種だ。思わず呆れたような表情になったのが自分でもわかった。こんなことならさっき寝たふりをしておくべきだったと思ってももう遅い。
「男の嫉妬は醜いぜ、イヴァンちゃん?」
「――ッ、な……」
てっきり嫉妬なんかしてねぇ、とばかりに噛みついてくると思ったのに、イヴァンは言葉に詰まったまま、黙って俺の顔を見つめるばかりだった。その表情はどこか不安そうで、可愛く見えないこともない。
(おまえはどこの恋する乙女だっつーの……)
心の中で突っ込みを入れつつ、俺はイヴァンにわざとらしくにっこりと笑いかけてやる。
「男に挿れられたのは今日が初めてだっつったら、どーするよ?」
白々しいにもほどがある台詞は、しかしまたしても俺の予想を裏切る反応に出迎えられることになった。
「……な、ま、マジか!?」
(オイオイ、信じちゃうわけ?)
俺の予想では『信じるわけねぇだろうが』と返されるはずだったのに、さっきから外しっぱなしだ。いつもの勘が今日はさっぱり冴えてない。だけどそれは俺が悪いというよりは、イヴァンに問題がありすぎるという気がする。
「イヴァン……おまえさぁ、俺以外に騙されんなよ?」
「はぁ!? どういう意味だよ!?」
「……オヤスミ」
説明するのも面倒くさくなって、俺は頭からシーツを被るとそのまま目を閉じた。あっという間に睡魔が襲ってくる。
「おい、ジャン!!」
イヴァンが何か叫んでいるのが聞こえたが、その声はひどく遠くて言葉の内容まではよくわからなかった。