現在未完。雪原ENDからマジソンに時間遡行したジャンさんの話。

逆行ジャンさんの一人旅 - 2/8

29,002文字 / 約33分
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ジャン、おい、ジャン?」

四インチ先の様子も窺い知ることのできないような闇の中。馴染みがあるはずなのに、遠い他人のもののようにも思える声に呼びかけられ、肩を掴んで揺すぶられる。この声は

ベルナルド、だ

そう思った瞬間、暗闇に閉ざされていた視界に急速に光が戻ってきた。明るさを取り戻した俺の視界には、心配そうに俺の顔を覗き込むベルナルドが映り込む。続いて、見つめ合う俺たち二人を囲むように立つ三人ルキーノ、イヴァン、ジュリオの姿が飛び込んでくる。だが、彼ら四人のあり得ない姿に俺はひどく混乱する羽目に陥った。何故ならば、彼ら四人が身に着けているのは、既に遠い記憶となっていた囚人服だったからだ。

(一体、何がどうなって

俺を俺とバクシーを殺したはずの連中が、何故、何事もなかったような表情で俺を取り囲んでいるのか。バクシーはどうなったのか。そもそも、どうしてこいつらは俺は、囚人服など着ているのか。あまりの訳の分からなさに喚き散らしたくなった俺の目に、ジュリオの持つ封筒が飛び込んできた。見覚えのある印章の押された、それ。その印章の、鮮血が滴ったような赤い色を目にした途端、俺の思考回路は急速にクリアになっていく。
それは、ボンドーネの印章だった。俺たちが脱獄を計画するきっかけとなった、ボンドーネの秘密書簡。全ての黒幕がボンドーネの当主ジュリオの祖父だったことを知る今となっては、ジュリオの持ってきたそいつ自体が罠だったのだと分かる、あのクソッタレた書簡。
それが俺たちの前に提示されたあの日。ムショの中で俺たちがこっそりと集って作戦会議をしたあの時。今のこの光景は、その再現なのだ、と。そのことを思い出した俺は、再び混乱する。

これは夢なのか?)

死ぬ間際にはそれまでに経験した出来事が活動写真のごとく再現される、なんて話を聞いたことがある。これがそうなのだろうか。だが、それにしては。

「どうしたんだジャン、急に黙り込んで何か問題にでも気づいたのかい?」

あの時、こんな風に肩を掴んで心配そうに顔を覗き込んでくるベルナルドの姿なんて、見た覚えはない。記憶の再現だとは思えないこれは、だとしたら、死ぬ間際に見ている単なる夢なのだろうか。
もしもこれが現実の出来事だったなら。そう思った瞬間、バクン、と。既に止まってしまっているはずの自分の心臓が大きく鳴ったのが分かった。

もしもこれが現実ならバクシーを、死なせずに済むんじゃないのか?)

その考えが頭に浮かんだ瞬間、凄まじい勢いで脳に血液が流れ込んでくるのを感じた。これまでの人生で経験したことがないぐらいの猛スピードで脳が回転し始める。
これが単なる夢だったなら、俺が何をしようがしなかろうが、事態がこれ以上に悪化することはない。俺とバクシーはあの雪原で死ぬ、ただそれだけだ。
逆に、もしもこれが現実だというのなら。俺は全力で足掻きたい。今度こそ、バクシーを死なせずに済む道を選び取りたい。

「悪い、ちょっと考え込み過ぎて意識が旅に出てたみてぇ。えーっと、何か、訊かれてたんだっけ」
「俺たちがひとまず何をすりゃいいのか、って訊いてたんだよ」

ルキーノのその返答に、この時点では、俺が全員を連れて脱獄するという方向性で既に話がまとまった後であることを知る。

本当に、こいつらを脱獄させて、いいのか?)

ボス・アレッサンドロも、こいつら幹部も、俺を裏切ったわけじゃなかったことを今の俺は知っている。むしろ、連中からすれば俺こそが裏切り者だっただろう。CR:5の刺青を消し、GDのスミを入れ、ギャング団を組織してデイバンに巣食ったよそ者マフィアどものみならず、組織の資金源でもある金持ち連中も容赦なく血の海に沈めてデイバンを地獄に変えた。
だから、俺は殺された。

(殺されたのは俺だけ、じゃない。バクシーとそれから多分、あの聞き分けのない四人の部下たちも、きっと

こいつらを脱獄させなければ、俺たちが狙撃されて死亡する未来なんて簡単に阻止できるんじゃないのか。俺を信じてついてきてくれたあの連中だって、巻き込まずに済む。そんな、誘惑にも似た考えが頭に浮かぶ。
だが。
こいつらを脱獄させなければデイバンの街は役員会のクソ共とシカゴのクソッタレ共の食い物にされ、やがては街全体がスラムみたいになっちまうことだろう。そう考えると、眉間に深い皺を刻んだマンマの顔がふと思い浮かんで、いたたまれない気分になる。
ホーナスに捕まっているこの時点ではまだ捕まる前なのかもしれないが、いずれ近いうちにそうなるボス・アレッサンドロが隠し持った印章は、いつまでも隠し果せるもんじゃない。いつかは見つかることになるだろうし、そうなればあのオッサンの命も終わりだ。手に入れた印章をホーナスがどんな風に使うつもりなのかは分からないが、仮にその印章がボンドーネのジュリオの爺さんの手に渡っちまったら。その時にはジュリオ以外の幹部は全員切り捨てられるんじゃないだろうか。組織に切り捨てられた元幹部なんて、下手をすれば生きてこの監獄から出ることすら難しくなるだろう。今はまだ、組織の幹部として守ってくれる兵隊がいるからこそ、ムショの中でリンチに遭うこともなく平穏無事に過ごしていられるのだ。
こいつらを脱獄させなければ、俺とバクシーが死ぬ未来はなくなるかもしれない。だが、その代わりに、こいつらもボス・アレッサンドロも高い確率で死ぬことになる。その二つを天秤にかけて、俺は

「俺が抜けるルートで使えそうなやつを下調べする。ルートが決まったら準備で色々お願いすることもあると思うが、それまではみんな、目立たないよう普通に過ごしててくれ」

結局のところ、俺はどうしたって非情になりきれない甘ちゃんなんだろう。デイバンで戦争してた時でさえ、イヴァンのこともルキーノのこともボス・アレッサンドロのことだって、チャンスはあったってのに殺すことはできなかった。そして今もまた、俺たちが生き延びるためにお前たちが死んでくれ、と割り切ることはできずにいる。
特にベルナルドに対しては結局デイバンで一度も顔を合わせることのなかった俺の兄貴分に、俺は少しの申し訳なさを感じてもいた。デイヴみたいなつまらないハッタリ野郎の言葉に動揺させられて付き合いの長いこいつを疑ってしまったこと。俺を死なせたくないと交渉を持ちかけ、縋るように引き留めてくれた奴の声を振り払ってしまったこと。そうして、最終的には俺自身を殺させちまったこと。
自分を殺した連中が相手だってのに俺も随分と人が好いとは思うが、半分は俺が殺させたようなもんだろう。それに、弟分として少なからず可愛がっていたはずの俺を、ベルナルドが喜んで殺したとは思っていない。あのベルナルドにとって、俺の死はそれなり以上の傷を残したはずだろう。
そんな風に考えちまうのは、ここでベルナルドを見殺しにするような選択をすれば、それは俺にとっての傷になると、そう思えるからだ。
できることなら後悔を抱え込むような選択はしたくない。それは、こいつらのためというよりはむしろ俺自身のためだと言えた。
俺は、自分の心の平穏のためにこいつらを脱獄させるんだ、と自分に言い聞かせ。それでも、俺にとっての最優先事項を見失ったりは決してするまいと心に誓う。

(俺にとって一番大事なのは、バクシーを死なせないこと。それから

バクシーを死なせないのはもちろん最優先事項だが、俺自身も死ぬわけにはいかない。俺が死ねば、バクシーは必ず俺を殺した相手に復讐しようとするだろうから。その復讐が失敗すればバクシーは殺されるし、成功したところできっと俺の後を追う。だから俺たちは二人で生き延びなければならない。
そう誓う胸の裡で、ちりちりと何かが訴えかけてくる。漠然とした危機感と焦燥感。それが何なのか。俺は考えても分からず否、本当は気づきかけていながら分からないフリをして。
そうして、俺は連中に背を向け、材木の山を後にした。