「クッッッソ遠いな……知ってた」
フィラデルフィアからマンハッタンまで、ペンシルベニア鉄道で移動すること約四時間。そこから地下鉄に乗り換えて、更に一時間。コニーアイランド駅から出て外の空気を肺に吸い込んだ俺の口から飛び出したのは、まずはそんなひと言だった。
「座席確保できたのはよかったけどよぅ、ずっと座りっ放しっつーのも疲れるもんだわなぁ。ジャンの可愛い尻に負担かけすぎちまった? 割れてねぇ?」
「馬鹿、ケツは最初から割れとるわい」
こちらを労わるフリをしながらすかさずケツを撫で回そうとしてくる馬鹿チンポ野郎の手を払いのけながら。本当に来ちまったんだなぁという思いで視界の向こう側に聳え立つデカブツを――コニーアイランドのシンボル的存在であるでっかい観覧車を見遣る。
バクシーから話を持ちかけられた際には呆れを抱いたはずだったというのに、いざこうして目の前にすると意外にも気分が高揚している自分がいた。そんな己に些かの不満と気恥ずかしさを抱きつつ、隣に立つ電柱野郎へチラリと視線を投げかければ、嬉しそうに細められた銀の双眸に出迎えられる。
そこに浮かべられた、全部分かっていると言わんばかりの光に俺は軽く舌を鳴らして小さく下唇を突き出し。無造作に振り上げた右の靴の爪先で野郎の脛を小突くように蹴り飛ばして。
「ボケッとしてんなよ、此処じゃ時間なんていくらあっても足りないぜ?」
言い放ってバクシーに背を向け、ボードウォークを目指して歩き始めた俺を、慌てたような、だけど高揚を隠しきれていないはしゃいだ声が追いかけてくる。
「センセー! 迷子になったら困るんで手を繋いでください!」
「カーヴォロ、はぐれたところで人混みからテメェの頭が突き出てんだから見失わねぇよ、この電柱猫」
慌てた口調の割に、長い脚の大きなストライドで走ることもなくあっさりと追いついてきたカボチャ野郎が、隣に並んで歩きながら大袈裟な嘆きの声を上げた。
「エー、そりゃあ、俺だってオメーのキラッキラの頭を見失ったりはしねぇけど、よぅ……」
デカい手を握ったり開いたりしながら、バクシーは未練がましそうにこちらをチラチラ見てくる。人目を一切気にしないというのはこの野郎の欠点であり美点でもあるのでそこを直せとは思っていない。俺に断られるなんて分かりきっているだろうに、それでも事あるごとに触れ合いを強請ってくる、諦めることを知らないかのような姿勢にはいっそ感心すると言ってもいい。
そして、俺が嫌だと言えば、強引な行動に出るような真似は絶対にしない――野郎がその気になればいくらだって好き勝手に振る舞えるだけの力の差ってやつが俺たちの間にはあるのに、だ――辺りがすごく可愛いとも思っている。言ってはやらねぇが。
騒がしい声がしなくなったのでチラリと横目で窺えば、残念そうに眉を下げ、開いた己の左の掌をしょんぼりと見下ろす情けない男が一人、そこにいた。何とも惨めなフラれ男の哀愁が漂うその横顔へ。
「――後で観覧車にでも乗ったら、な」
――人目のない密室の中でなら、手ぐらい繋いでやったっていい。
言外にそう告げてやると、弾かれたように顔を上げたバクシーが見開いた両の目で俺の表情を窺うみたいにして。それから分かりやすくパッと顔色を明るくさせたカボチャ野郎は、大きく頷くと弾むような足取りで俺に歩み寄り。
「な、な、そん時は、チューもしていいけ?」
電柱みたいな長躯を屈めるようにして、俺の耳許に低い囁きを落としてきた。冗談めかした口調のくせして、吐き出された吐息は熱く、その声は濡れている。それに対し俺は野郎のケツを掌で力いっぱい引っ叩いて応じてやった。
「調子に乗んな、この、カボチャ野郎!」
「オウフ! ケツが割れちゃう!!」
「だからケツは最初から割れてんだっつってんだろうが!」
耳たぶを撫でていった囁きにうっかり疼いちまった腹の奥の熱には、目を瞑って。俺は賑やかな人の群れの中を縫うように歩みを進めた。