強制労働がなくなったおかげで、朝食を終えてしまえば次は昼飯の時間まで暇を持て余すことになる。どこかにしけ込んで煙草でも喫うかと考えながらたらたらと通廊を歩いていると、チラチラと視線が差し向けられるのが分かった。確認するまでもない、CR:5の下っ端構成員の連中だ。さすがに指令書の極秘事項――四人を連れて脱獄すれば次期カポの座が転がり込んでくる――まで知っている奴はいないだろうが、あいつらを連れてここを脱ければ俺が幹部に昇進するという話はそこそこ知れていたらしい。それなのに連中と一緒に脱獄することなくここに残った俺を訝しんだり、昇進のチャンスをみすみす逃した馬鹿な野郎だと憐れんだりしているであろう、視線。煩わしさを感じさせるそれから逃れるように、俺はひと気のない方へと足を進めていた。
確かに俺は大きなチャンスを逃がした大馬鹿野郎ってことになるんだろう。人生最大の大博打だったはずなのに、話を受けた時には一発ぶちかましてやろうと、そう、思っていたのに。計画を進めていくにつれて、どんどん嫌な予感が高まっていったのだ。臆病風に吹かれた、と言われればその通りなのかもしれない。だけど、人生における様々な危険を運の良さで乗り越えてきた俺だからこそ、自分の勘を信じなくてどうする、という気持ちになったのだ。そして、もう一つ理由を挙げるとするなら――
「じゃあ、ん……」
何の物音もしなかったはずなのに、急に背後、それも左耳のすぐ傍で声が響いて。洗濯済みのシーツなんかが大量に保管されているリネン室の片隅でしゃがみ込んで煙草を喫っていた俺は、その場で飛び上がりそうなぐらいに驚いた。
「わ、っ……、え、え?」
「じゃあん、なーにー、し、てるーのー?」
「なん、だ……バクシー、お前かよ……」
俺の背中に抱きついて体重をかけてくるその男の体温と、自分の胴体に回される腕の太さには、いやと言うほど覚えがあった。耳に唇をつけて直接耳の孔に吹き込まれてるみたいな、その声の響きにも、もちろん。
「じゃあん、さが、した」
「何だよ、また誰かにいじめられでもしたか?」
以前、こいつがジュリオに詰められているところにたまたま遭遇したことがあった。どうやら昔はGDの幹部だったらしいこいつをジュリオはひどく警戒しているようだったが、今はどう見てもアタマのイカレたただの哀れなヤク中だ。自分よりも遥かに小さな図体の男に絡まれたって、反撃の一つもできずに頭を抱えて床に屈み込み、殴る蹴るの暴力をやり過ごすことしか知らない、気の毒な男だ。そんな男に向けて攻撃を仕掛けようとするジュリオは、野郎こそが狂っているんじゃないかと思えるような異様さで。止めに入った俺は、縮こまって震えるバクシーを背に庇いながらジュリオを詰っていた。それが切欠にでもなったのか、俺はこの野郎に――元GDの幹部、現在はムショのヒエラルキーでも最下層に据えられちまっている哀れなジャンキー、バクシーにすっかりなつかれちまっていた。
バクシーの野郎は、親鳥の後を追うひよこみたいにいつの間にか俺のことを見つけ出してくっついてくる。頭がおかしくなっちまっているとはいえ、一応は敵対組織の人間だ、一緒にいるところを誰かに見られるのはまずいんじゃないかとは思ったが。どういうわけかこいつは俺が一人でいる時にしか寄ってこない。バクシーはひどく臆病で、俺以外の人間はみんな自分をいじめるものだと思っている節がある。だから、俺と一緒にいる人間が自分をいじめるとでも思っていて、俺が一人の時にしか近づいてこないのかもしれない。それは俺にとっても好都合なことだった。
俺よりでかい図体をしているくせに、子供みたいな口調と振る舞いをする薄気味の悪い大男。クスリでアタマがぶっ壊れちまってる、可哀想なジャンキー。最初はその程度の印象だったが、たどたどしい口調で俺の名を呼びながら必死に後をついてきて、気紛れに相手をしてやれば嬉しそうに笑う野郎がいつの間にか可愛く思えるようになっちまってから、もうどれぐらいになるんだろうか。
「じゃあん、いい、におい……」
俺の項に顔を埋めるみたいにして匂いを嗅ぎながら、バクシーが嬉しそうに囁く。締りの悪い口から溢れたらしい涎が俺の首筋にかかるが、いつものことすぎてすっかり慣れちまったせいで気にはならなかった。
「あー、昨日シャワー使ったな、そういや」
「ん、ふ、ふ、おれも、した」
俺の項に埋めていた顔を持ち上げたバクシーが、グイ、と身を乗り出す。俺の顔の左脇に差し出された野郎の頭は仄かに石鹸の香りを残していて、俺の頬に触れている長い前髪の感触もサラサラしていた。ゴンザレス一味が幅を利かせていた頃は、こいつに恨みを抱えていたらしい連中に随分といたぶられていたこいつは、近寄るとションベン臭い――自分で漏らしたのもあれば、引っ掛けられたものもあっただろう――なんてこともよくあった。それが気の毒で、時に腹立たしくもあったわけだが、幸いなことに今のムショの中ではそこまでこいつを執拗にいたぶろうという連中はいないらしいことを改めて実感して、ホッとする。
「ん、綺麗にできてえらかったな」
「じゃあん……きもち、いい」
左手に持ってた煙草を床の上ですり潰し、シケモクを隠しにしまい込んだ俺は、頬に押し付けるみたいにしてくる野郎の頭に手を載せた。そのまま髪の毛をかき混ぜるみたいにして頭の天辺あたりを撫で回してやると、本当に気持ちよさそうにうっとりとした声が上がる。それが可愛く思えて、髪の毛を指で梳くみたいにして何度も何度も撫でてやっていると、俺の背中に貼り付いているバクシーは、もぞもぞと身体を動かし始めた。
「ん、ふ、じゃ、ぁん……」
背中にべったり密着してるおかげで俺のケツと腰の間ぐらいのとこに押し当てられている状態だった、バクシーのチンコ。あからさまに勃起して硬くなったそいつが、俺の身体に擦りつけられる。
「何だよ、また勃起しちまったのか?」
「じゃあん、ぼっき、おれぇ、ぼっき、した……」
「カーヴォロ、言わなくてもそんだけ擦りつけられてたら分かるっつーの」
「じゃ、あん……ん、ちゅ、ちゅ……」
ずれた囚人服の隙間から剥き出しになってる俺の首から肩にかけてキスをしながら、バクシーが俺の股間に手を伸ばす。俺のものよりも一回り大きな手に触れられたそこは、まだ何もされていないというのにすでに半勃ち状態になっていた。
「じゃぁん、も、かたい」
嬉しそうにそう言って、バクシーは俺のチンコを囚人服の中から引きずり出す。体温の高い熱い手が、剥き出しのチンコをためらうことなく直に握り締めて上下に扱き始めた。幼児みたいな言動とは裏腹に、意外な器用さを発揮するバクシーの手の動きに、俺のチンコもあっという間に硬く大きく張り詰めていく。
「ん、ふ、ふ……ッ……」
「なぁ、それ、どーすんの? 俺のをシコシコしながらお前は俺の身体でオナニーすんの? それとも俺と擦り合いっこ、するか?」
俺の勃起を扱きながら、自分のモノが扱かれてます、みたいな喘ぎ声を漏らして、バクシーは興奮を隠さない腰つきで俺の背中に勃起を擦りつけてくる。その必死な様子が可愛く思えちまった俺のチンコからも涎が少しずつ垂れてきた。そろそろ止めないと、俺もこいつも囚人服が取り返しのつかない状態になっちまう。そう思いながら問いかけると、ほんの少し考え込むような沈黙の後。
「――いれ、て。じゃぁんの、ほし、い」
どろり、と。溶けたアイスみたいにべったりと欲情に濡れた声が俺の鼓膜から忍び込んできて、脳を灼いた。
「――背中、痛くねぇか?」
「へい、き」
囚人服のズボンを脱ぎ捨てて床に仰向けに転がったバクシーは、情欲で潤んだ双眸で俺を見上げながらそう言って、長い両腕を俺に向けて伸ばしてくる。掴まれたズボンを急かすみたいに引っ張られた俺は少し考えてから、自分も下を全部脱いじまうことにした。うっかり汚しちまうと、後が面倒だからだ。ズボンとパンツをまとめて脱いで床に放り出し、開かれた状態で俺を待ち受けている長い脚の間に自分の腰を割り入れ。このままこいつが射精しちまったら確実に被弾することになるなと考えて、バクシーの囚人服の上着の裾をグイとめくり上げる。
自分の眼下に現れた光景に、初めて目にしたわけでもないのにそれでも改めてため息が出そうになった。囚人服の上から眺めているだけでは想像もつかないほどにバッキバキに割れた逞しい腹筋と、それから岩みたいに盛り上がった胸筋、そこに連なる鋸みたいな形に割れた脇の筋肉。元は――まだこいつのアタマがクスリでやられちまう前は、武闘派の幹部だったのだ、と。噂に聞くだけでは俄かには信じがたかったが、この身体を見ればそれも納得の話だった。今となってはもう昔みたいに身体を上手く使うことはできないのかもしれないが、それでもこれだけの素材があれば闇雲に手足を振り回すだけでもある程度のハエは追い払えるんじゃないかと思うのに。実際、時々垣間見せるこいつの膂力――と言うか馬鹿力と言うか――は大したもので、俺は度々驚かされている。だが、当のバクシー自身は誰に暴力を振るわれても縮こまって震えるだけなのだから実にもったいない話だった。
惚れ惚れするようなその筋肉を指先で上から下へと辿っていくと、馬鹿みたいにでかいチンコにぶち当たる。俺の片手がようやく回りきるぐらいの太さで、子供の腕の肘から先ぐらいはあるんじゃないかと思うような長さの、冗談みたいなサイズのペニス。俺から与えられる刺激への期待に震えて、だらだらと涎みたいな先走りを零している、毒蛇の頭みたいな異様な形の亀頭。もう何度も見ているが、何度見ても新鮮にギョッとしちまう、バクシーの勃起チンコ。そいつに俺は右の手を伸ばした。
「あぅ、あ、あ、はぁ……ッ」
無造作に触れただけだというのに、バクシーは床から腰を浮かせて喘ぎ声を上げる。ぶるぶると震えて波打つ太腿と腹の筋肉。それに合わせるみたいに俺の掌の中でチンコが暴れ回って涎を垂らし、溢れ出たそのぬめる体液が俺の手の甲を伝って手首まで濡らして。
「かーわいいなぁ、バクシー?」
浮き上がった尻を左手で握り締めるみたいに揉んでやりながら呼びかけると、左の掌に握り込んだ筋肉がビクビクッと痙攣するのが分かった。俺を見上げるバクシーは、長い舌をだらりと垂らした口の端から涎を溢れさせ、気持ちよさそうに喘いでいて。その両の目には、ハートマークが浮かんでいる幻影が見える。
「何だよ、もうイッちまったのか?」
「あぅ、あ、いっ、たぁ……」
精液の代わりに大量のカウパーを溢れさせ、射精しないままイッちまったらしいバクシーの様子に、俺は内心で感心していた。