初めてバクシーとこういう関係になった時、切欠はもう忘れちまったが、何かの弾みで興奮したらしいバクシーに勃起したチンコを擦りつけられた、その時。俺の胸に去来したのは正直に言っちまうと悍ましさと恐怖、でしかなかった。
元々、俺は男相手に性的な興味や興奮を感じたことはなかった。竿役ならやったことがあるとはいえ、それは何かの取り引きの条件であったり、あるいは上下関係をはっきりさせるためのマウントの一種であったり。つまりは性的に興奮したからそうしたわけじゃなかった。まして、自分が女役をするなんてのは想像するのもごめんだったし、誰かからそういう目で見られることすら不快でならない。
だから、でかい猫みたいに身体をすり寄せてくるバクシーの、俺の脇腹よりも少し高いぐらいの位置に押し当てられた野郎のチンコが勃起していると気づいた、その時。バクシーが俺に対して欲情していると気づいた瞬間、俺は考えるよりも先に野郎の身体を突き放していた。本当なら勢い余って転倒させてもおかしくないってぐらいの全力で突き飛ばしたはずだったが、バクシーは半歩ほど後ろに下がっただけでその場に踏み止まっていた。野郎が囚人服の下にこんな鋼みたいな肉体を隠し持ってるなんて知らなかった俺は、だけど、その時初めてそのことに気づいて――恐怖した。
持って生まれた頭髪の色やら髪質やらのせいで男から〝そういう目〟で見られることには不本意ながら慣れていた。慣れているからといって不愉快な気分がなくなるわけじゃねぇが、そういう気持ちを抱くだけだってならそれはその野郎の自由なわけで、こっちも心の中で――或いは、面と向かって――ファックを吐き捨てて中指立てて、それで終わりだ。力づくで何かしてこようとするような奴には相応のお返しをさせてもらうし、そもそもそういう危ない兆候のある野郎には近づかない。ましてひと気のないところで二人きりになるような真似なんてしやしない。
それなのに、その時の俺は誰も近づいてこないような物陰にバクシーと二人きりでいて。少し大声を上げたところで誰にも気づかれない、そんな状況なのに、一緒にいる男は自分に欲情していて、俺が全力で突き放しても体勢を崩すことさえできないようなフィジカルの持ち主だったんだってことを初めて認識して。俺は怖くて――そして、裏切られたような気持ちでいっぱいだった。
その時まであまり自覚してなかったんだが、その頃には既に俺はバクシーを気に入っていて、少なからず気を許していたんだろう。だからそんな風に簡単に二人きりになっちまってたんだ。
『テメェ、この野郎……!』
そういう自分の気持ちを踏みにじられたような気分で睨み上げたバクシーは、だけど、困惑しきった表情で俺を見下ろして。
『じゃぁん、ちんちん、いてェ』
カクリと首を傾げてそう言った大男は、どうしていいのか分かんねぇってツラで途方に暮れたようにその場に立ち尽くしたままだった。その目がチラチラと俺の顔を窺い見たかと思うと、そこに浮かぶ表情を確認したのだろう、しょんぼりしたように伏せられた視線が床に向けられる。さっきみたいに俺にくっつきたいが、俺が怒っているようなので我慢している、って雰囲気がありありと滲み出て。それはまるで、母親に叱られたガキみたいだった。
こいつは俺をレイプするどころかセンズリの仕方すら知らないんじゃないか。今、自分の身体がどういう状況になっているのかさえ分かってないのかもしれねぇ、と思うようなその有様を見ているうちに、自分の怒りが段々と萎んでいくのが分かっちまった。
結局その日、俺はバクシーにセンズリのやり方を教えてやることになったわけだが。その時にはまだ野郎のチンコを触って扱いてやろうなんて気にはさすがになれなかった。アタマのイッちまってるバクシーには言葉だけでは上手く伝わらなくて、結局自分のチンコを扱くところを見せながら教えることになったんだが。俺のセンズリ姿に興奮したらしいバクシーが俺の勃起チンコにいきなり食いついてきたもんだから、そのまま野郎の口の中に吐き出す羽目になっちまった。最初は食い千切られるんじゃないかと思って恐怖で縮こまっちまってたんだが、意外なことにバクシーの野郎はフェラチオが上手かった。もしかすると、こんな風になっちまう前にも男同士の経験があったのかもしれねぇ。俺のをしゃぶりながら、バクシーは自分のを扱いて射精して、その日はそれで終わった。
それが何かの刷り込みになっちまったのか、その後、俺と顔を合わせる度にバクシーは勃起するようになって。その度に、俺のモノを触ったりしゃぶったりしたがった。野郎が弄るのはあくまでも俺のチンコだけで、ケツの穴には特に興味を示してこないことに俺は安心して。碌に風呂にも入ってない俺のチンコを嬉しそうにしゃぶった上に、不味い以外の感想が出てくるはずもないザーメンを幸せそうに飲み下す、このアタマのおかしな大男が可愛く思えてきちまって。いつの間にやら俺の方でもバクシーのチンコを触ったり弄ったりして可愛がってやるようになっていた。さすがにバクシーを見習ってフェラしたり、ましてやザーメンを舐めたり飲んだりなんてことまでは今後もできそうにないが。それでも、ザーメンにまみれた野郎のチンコをそのザーメンごと握り込んで刺激してやる、なんてことは何の抵抗もなくできるぐらいにはなっちまった。
あの頃のマジソンはあっちこっちに見張りの看守がショットガンを構えて立っていて、そんな風に暢気に乳繰り合ってる余裕なんてどこにあったんだって感じだが。俺は元ホールマンという経歴と生来の要領の良さを活用してそこそこ思い通りに動き回れていたし、バクシーの野郎はそのイカレ具合のせいで何の働きも期待されていなかった。他の囚人連中は強制労働に駆り出され、労働を免除されていただろうゴンザレス一味は大半が食堂に立てこもっていたわけで。身も蓋もない言い方をしちまえば、俺たちの煩悩と言うかシモの欲求と言うか、は、ある程度の不可能を可能にしちまうだけの力があったってことだ。センズリを覚えたてのティーンのガキみてぇに、俺たち二人は本当に毎日のようにサカって互いのモノを扱き合っては射精していた。バクシーの方はどうだか分かんねぇが、俺の方はその当時のムショのクソみたいな現状に対するフラストレーションが溜まってたせいもあったのかもしれない。
あの日――幹部たちを脱獄させた日の朝、シモン爺からブツの用意が整ったと聞かされた時、一番最初に頭に浮かんだのは、バクシーのことだった。看守からも囚人からも嘲笑われて痛めつけられているあの可哀想なイカレジャンキーは、俺が脱獄した後どうなるんだろう。そう、思ったんだ。俺が脱獄したってことを、その意味を、理解できるだけのアタマが残ってるのかどうかも定かじゃないあの男は。
そんなことを考えていたからだろうか、気づけば俺はひと気のない通廊のどん詰まりに辿り着いていた。そこにある階段の陰に身を隠すようにしてしゃがみ込み、煙草を取り出して。だけど、それに火を点けるよりも先にフラフラと近づいてくる電柱みたいな人影に気づいた俺は、火の点いていない煙草を隠しにしまい込んだ。最初の頃はバクシーに煙草をくれてやったりもしていたのだが、多分、こいつはそんなに煙草が好きじゃないんだろうなってことにいつの間にか俺は気づいていた。本人が言葉にして言わねえことにも気づけちまう程度に、俺はこの野郎に馴染んでるし、こいつ自身に対して興味を抱いてるってことなんだろう。そのことを自覚して、胃の腑が重たくなる。
俺の気持ちを知るはずもないバクシーは、いつも通り暢気にへらへらと笑いながら俺の目の前までやってきて、そこでしゃがみ込んだ。
『じゃ、あん……いた、えへ、へ』
当たり前みたいに俺に触れてくるデカい手。体温の高いその手に触れられると、俺の胸の中で日に日に大きくなっていく〝嫌な予感〟がさらに大きくなったような気がした。俺は今夜、あいつらと脱獄をしちまっても本当にいいのか、と。そんな葛藤が湧き上がってくる。
『なぁ、バクシー。俺がいなくなったらさ、お前……』
そこまで言ってはみたものの、言葉が続かなかった。お前はどうする、とか、お前は大丈夫か、とか。訊いたところでこいつのアタマじゃマトモな返事を返せるとは思わなかったし、それに、訊くまでもなく分かっていることなんじゃねぇのか、とも思えた。
きっとこいつは、俺がいなくなったことを理解できないままでいるんだろう。どこにもいるはずのない俺を探してこのムショの中を彷徨ううちに、行き合った相手に袋叩きにされて痛めつけられ。そうして傷だらけの身体を抱えてとぼとぼとテメェの独房に戻っていく。その丸まったしょぼくれた背中が目に浮かぶようで。
床に視線を落とし、口の中にこみ上げてきた苦いものを飲み下そうとした時、不意に、バクシーが声を上げた。
『や、だ……』
『――え?』
『じゃあん、いなくなる、やだ……』
驚いて見上げた先には、涙をこぼすバクシーの顔があった。食い入るように俺を見つめるバクシーは、自分を置き去りにしようとする母親に懸命に縋ろうとしているガキみたいな目をしていた。
『バクシー、お前……』
『やだ、やだ……すてない、で……おれ、なん、でもする、から……』
そう言って俺に縋りついてきたバクシーのあまりにも必死な様子に、どうしていいのか分からなくなった俺は――俺がいなくなる、という言葉を、その内容をこいつが理解できるとはそもそも思っていなかったせいで、想定外の反応にすっかり困惑しちまっていた俺は、野郎にされるがままになっちまった。
俺を押し倒したバクシーは、慣れた手つきで俺の囚人服のズボンをずり下ろしてチンコを露出させるとデカい口でそれを咥えた。そうして俺のモノをしゃぶりながらいつもみたいに自分のチンコを扱いている――と思っていたが、それが勘違いだったことは後になって分かった。
いつも通りだったら奴の口の中で射精するまで続けられるはずのおしゃぶりが中断されたかと思うと、バクシーはそのデカい図体を俺の身体の上に乗り上げてきて――テメェのケツの穴で、俺のチンコを銜え込もうとしてきやがった。
『なっ、おい、バクシー!?』
『じゃあん、いれて、おれのなか、きて』
センズリのやり方も碌に知らなかったような男の言葉に俺は混乱して、だけど、自分のチンコの先に触れるバクシーのケツの穴が、その入口が綻んで緩んでることに気づいて。俺のモノをしゃぶりながら自分のチンコを扱いてたんじゃなくて、ケツの穴を解してたのかと――俺を受け入れる準備をしていたのか、と。そう思った瞬間、後頭部がカァッと熱くなった気がするぐらいに興奮させられていた。
自分が突っ込む側じゃなく受け入れる側になる、と、当たり前みたいにそういう行動に出てきたところを見ると、アタマがイカレちまう前のバクシーはそっち側だったんだろう。そんな風に思いながら腰を突き入れた俺は、それが思い違いだったことにすぐに気づいた。挿入時の衝撃の逃し方も碌に知らないらしいその身体は、明らかに突っ込まれることに慣れてなさそうだった。それでも元々が器用なんだろう、俺を達かせるための腰の振り方を把握するまでは、あっという間だった。
『じゃぁん、きもち、いい?』
そう訊いてくる本人は碌に快感を追えていないんだろう、さっきまでは勃起してたはずのバクシーのチンコはほとんど萎えて――それでも、勃起状態の俺のチンコよりデカそうなんだからどうなってるんだ――股間で頼りなく揺れていて。なのに、俺がちゃんと気持ち良くなっているかとそればかりが気になっているみたいに必死に腰を振って媚びてくる。
『スゲー、気持ちいいよ、バクシー。お前の中、あっちぃ……』
俺ばっかりが気持ち良いみたいで申し訳ないなと思いながらもそう伝えれば、バクシーはひどく嬉しそうに、幸せそうに、笑った。その健気な様子が可愛くも可哀想にも思えて、萎えたチンコに手を伸ばしてシコッてやる。こいつのチンコをいつも可愛がってやってる時の動きをなぞりながら上下に扱いているとそれなりには硬くなったものの、やっぱりケツに何かが入っている状態というのが慣れないのか射精に至ることはできなくて。バクシーのケツに俺が出したその後で――外に出すから抜け、と言ったのに、最後まで譲らず乗っかられてたせいで中に出しちまった――チンコを抜いてから、俺の手で扱いて射精させてやった。
いつものシコり合いとは桁違いの疲労感と満足感にぐったりしながらも服を整える俺に、服を着たバクシーのデカい身体が改めてのしかかってくる。絡み合うみたいにして床の上に転がって、俺の胸の上に頭を乗っけたバクシーは。
『おいてかないで……』
小さく、消え入りそうな声だったが、他に何の物音もしない空間で、その声は俺の耳にはひどく大きく響いて聞こえた。俺は深く息を吸い込んで。ゆっくりと吐き出しながら、その吐息に言葉を載せた。
『……しょうがねぇなぁ……』
嫌な予感がしたから残った、ってのも決して嘘じゃない。だけど、それと同じくらい。こいつを残しては行けねぇって、そう思ったのも、確かだった。